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昨年4月5日、ボクは15年の生涯を終えて旅立った。

今、ボクは相変わらず小さな骨壺におさまり、リビングの一角に

「銀の仏壇コーナー」を設けてもらって、家族を見守っている。

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ボクがこの世に別れを告げてから1年の月日が流れて、

今のボクたち家族の近況はというと、おかげさまで平穏な毎日を過ごしております。


そんな家族の日常をボクは日々ブログに綴っているわけですが、本日はボクに代わり

母にペンを握ってもらうことにいたしましょう。

では、オカアサンどうぞ。



 みなさん、はじめまして。アトリエミルンです。

 いつもいつも銀と雪がお世話になっております。

 銀の旅立ちの際には、あたたかい慰めや励ましのお言葉を

 ありがとうございました。


 さて、15年間を共に過ごした銀が虹の橋に向かって旅立ち、

 早いもので1年が過ぎました。

 その時の様子については銀が犬の立場から思いを語ってくれたので、

 一周忌を迎えた今日は、飼い主としての人の思いをお伝えしようと思います。


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 銀を失うことは、私にとって「怖いこと」でした。

 「悲しい」でも「寂しい」でもなく、まさしく恐怖でした。


 ペットとの別れは子どものころからいくども体験しているので、

 「別れ」そのものは頭で理解していますが、やはり銀の場合は特別でした。


 まず、我が子同様に子犬のころから自分の手で育て上げたこと。

 15年間という長い年月を離れることなく共に生きた同士であること。

 生まれた時から銀と一緒に成長してきた娘たちが中学生となり、

 思春期の真っただ中で、銀の死をどう受け止めるかということ。


花織泣く


花織車


台所1


 銀は大病を患うことなく成長しましたが、

 老年期に入ってから心臓が弱くなり、てんかん発作も併発しました。

 でも、薬を服用することで発作を抑えることもでき日常生活に支障もなく過ごしていました。

 最後の1年間はめまいやふらつきもあり、目が離せない状況でしたが年齢を考えると

 仕方のない状況だったと思います。


 主治医の先生からは、老年期の犬との過ごし方や別れ方について説明をいただいており

 最後のときは病院ではなく自宅で迎えさせることも家族間で話し合っており、

 その時に家族のそれぞれが一度は覚悟を決めることができました。


 とはいえ、銀の命のともしびが消え入るその瞬間は、

 やはり怖くて怖くて仕方ありませんでした。

 大きな心臓の発作が起こり、長女に抱きかかえられて、必死に息をして

 最後の力を振り絞って私の目を見つめる銀の瞳を、忘れることはできません。

 指の間から砂がこぼれ落ちるように、銀の命がすぅっと消えていってしまう。

 どんなに助けてやりたくてもどうすることもできない。そんな感じでした。

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 私の目を見つめていた銀の瞳が、ガラスのビー玉のように虚空を見つめた瞬間

 私は銀の旅立ちを悟りましたが、銀には声をかけ続けていました。

 とても怖くて仕方ないのに、心の中は感謝の気持ちでいっぱいだったので、

 銀はいい子だね、よく頑張ったね。今まで、ありがとう。

 と、ひたすら話しかけ続けました。

 子どもたちにちゃんと銀とのお別れをさせなくては、

 そして、銀自身を安らかに旅立たせてやりたいという

 親としての義務感もあったのだと思います。

 
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 お通夜とお葬式がすんでからの空虚な日々は、今思い出してもつらいものがあります。

 経験上、時間がたたないことにはどうにもならないとわかっているのですが、

 その時間を過ごすこと自体がつらくて仕方ありませんでした。

 子どもたちは学校へ、夫は会社へ行き、家で仕事をする私は

 ほとんどの時間を銀と二人で過ごしていたのです。


 雪を迎えるまでの間、やはり普通ではありませんでした。

 心には大きな穴がぽっかりあいたようで、仕事をしているとき以外は

 埋めることのできないその穴をぼんやりと見つめて過ごしていました。

 いつも膝の上にいた銀のぬくもりと3.6キロ分の重さを感じられないことで

 よりいっそう喪失感が増していたように思います。

 その喪失感を埋めるべく、雪を迎えるまでは犬のぬいぐるみを抱いていました。


ぬいぐるみ


 銀のサイズで犬の洋服を作ったり、毎日のようにペットショップへ出かけて

 子犬を眺めたりと、できるだけぼんやりしなくてすむようにしていました。

 私の場合は、犬から離れるよりも積極的に犬にかかわるほうが気持ちが楽になったようです。


 いないはずの銀のなく声が聞こえたり、おやつの引っ張り合いをする感覚を指先に感じたりと

 いわゆる幻聴や幻覚もありました。

 長女は生まれて初めて金縛りにあい、銀に舐められている幻覚をおぼえ、

 目を覚ますと夢であることがわかるので、こわかったけれども目を開けずに

 しばらくそのままにしていたそうです。たとえ夢の中でも銀に会いたかったそうです。

花織と仲良し



 2ヶ月間は、ふとした瞬間に号泣したり、知らない間に涙が流れたり

 不安定な状態で過ごしましたが、家族で銀のビデオや写真を見たり

 思い出を語り合ったり、気持ちにフタをすることなく自然にふるまいました。


 お世話になったトリマーさんから

 「ガマンしないほうがいい」と声をかけていただいていたので、

 思い切り悲しむことができたのがよかったのだと思います。


 雪に出会ったときには、なんの心の準備もしていませんでしたが、

 すぐに家族として迎えることができました。

雪ちゃんです



 友人・知人、そして、ブログで知り合った多くの方々に支えられた1年でした。

 ほんとうにありがとうございました。


 ペットとの付き合い方が人それぞれであるように、別れ方も人それぞれ。

 何が良くて何が悪いかなんて、誰にも決めることはできないと思います。

 出会いがあれば、いつか必ず別れはやってくる。

 そして、ペットと暮らすということは、別れの覚悟も引き受けることなのだ

 という当たり前のことをあらためて気づかされました。

 それでもまた、犬とともに暮らしたい、と私たちは考えました。

 別れの悲しみ以上の楽しい・嬉しい・充実したときを過ごせることを

 銀が教えてくれたからです。

 
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 一周忌を迎えましたが、まだ納骨する気にはなれません。

 もうしばらく銀にはリビングにいてほしいと思っています。

 
 そして、いつの日か私自身が旅立ちのときを迎えたとき

 虹の橋のたもとで最愛の銀に再会できることを楽しみに思っています。

 銀をもう一度思い切り抱きしめて、小さな頭をなでてやりたい。

 いつ訪れるかわからないその日が楽しみで仕方ありません。

 
 今、私の膝の上では、あさって4月7日に満一歳の誕生日を迎える雪が居眠りをしています。

 3kgの命の重みとぬくもりで、言葉には表せないような幸福感を与えてくれています。
 
 銀の最後のときに、感謝の言葉が自然にあふれでたのは

 こんな幸せを銀もわたしたち家族に与えてくれていたからだと思います。

 銀ちゃん、ありがとう。

 そして、ありがとう、雪ちゃん。

 



ミモザ満開



 銀との出会い・雪との出会い・皆さんとの出会いに感謝を込めて。

 
  2013年4月5日 銀の旅立ちの日に   アトリエミルン

 
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ボクが旅立ってからずいぶん時がたった。

満開だった桜は散り、庭のミモザも花時を終え

先日、庭師さんに剪定されて丸ハダカになった。


つらさや悲しみと対峙せざるをえなくなったとき、

真正面から向き合ってもがき苦しむこともできるし

できるだけ よそごと をして、重い時をやりすごし

どうにもならないときだけ、思い切り泣く

という方法もある。

どちらも時の長さは同じはずだ。

母も若い頃は、何でもかんでもそのまま引き受けて

浄化または昇華するまでとことん思いつめる

という性格だった。

さんざん悩んだ末に、自分なりの解決法が見つかると

憑物が落ちたようにスッキリした顔で

ふたたび前向きに生きることができる。

でも、今回ボクとの別れに際しては、

その方法は回避したようだ。

総人生の半分ほどを生きてきて、ふと周囲を見回すと

自分のことを心配してくれる人たちがたくさんいて

守るべき年下の子どもたちもいて

自分をコントロールするすべも自然に身についていた。

それに、ボクとの別れに限って言えば、

覚悟をする準備期間が1年近く用意されていた。

去年の春、心臓発作で倒れて以来

なんどもなんども倒れたから、

そのたびに家族は覚悟を強いられて、

東北地方の根雪のように

覚悟は家族の心の底に降り積もって

完全に溶けてしまうことはなかった。


とはいえ、容赦なく悲しみと寂しさは襲ってくるものだ。

震災や事故で、愛する人を突然失った人たちのことを考える。

その人たちのふさぎようのない心の穴の大きさを思い、うなだれる。

充分に生きた、といえぬままこの世を去らなければならなかった

たくさんの命について、思いを寄せる。

その人本人の、そして、残された人たちの。


そんなことを考えながら

母はせっせと自分の穴を埋める。

まずは、ボクの写真を部屋中に飾ること。

次に、ペットショップめぐり。友人のトイプーを抱くこと。

続いて母が没頭し始めたのは、犬の洋服を作ることだった。

もともと洋裁好きで、子どもたちの小さかった頃は

ワンピースやドレスはおおかた手作りですませていた。

ボクはオス犬だったから、

さっぱりした実用的な洋服ばかり着せられていた。

レースもフリルも必要ないから、つまらないらしく

ボクの洋服はほとんど作ってくれなかった。

ボクがいなくなって、気兼ねする必要もなくなり、

ある日女の子用の犬服を作り始めた。

次から次へと。

ワンピースが出来上がり、

バレエのチュチュのようなものが出来上がり、

季節はずれのセーターが出来上がり。

ペットショップめぐりをやめて、仕事の合間をぬって、

家にいる時間のほとんどを犬服作りに費やすようになった。

全部女の子用だ。ただし、サイズはボクにピッタリ。

にせ銀は小さすぎて、着ることはできない。

近所に住むレッドのトイプー、モップ君が呼ばれた。

男の子なのに女の子の洋服を着せられて

飼い主のIさんと、うちの家族に かわいい、かわいい、

と、もてはやされていた。

モップ君は、まだ生後5ヶ月。の、割には大きい。

生前のボクとあまり大きさは変わらない。

とっかえひっかえ服を着替えさせられて

疲れ果てたようだ。ごめんよ。

モップ正面 モップ君は男だ

モップワインクロス それなのに

モップピンクGクロス 女の子の服を

モップBG 着せられた


毎回モップ君に頼むわけにもいかないので

母の日のプレゼントとして、トイプーのトルソーが家族から贈られた。

あいにくシルバーはメーカーでも製造していないらしく

レッドのトイプーだ。

手足が自由に動くので

いろんなポーズをさせられて ボクの仏壇前に、いる。

今や大小3頭の犬が、肩を並べて

ボクの遺影を見つめている。

ぬいぐるみ

茶色い銀ちゃんと呼ばれるレッドのトイプーはボクより一回り大きくて、結局母の作る犬服は着られなかった






ボク、銀ちゃん。シルバーのトイプードル。

2012年4月5日に15歳で、この世を去り、

今は、カラダだけ骨壷におさめて

心は家族とともに生活している。


ボクを失くして心にぽっかりあいた穴ぼこを

母が埋めようとしている。


ボクが体調を崩していたこの1年。

母は、ボクを家に一人きりで残すことを

できるだけ控えていた。

午前中いっぱい、階下のアトリエでレッスンの準備をする。

ボクもベッドごと階下に運ばれて、母の足元で居眠り。

仕事が終わると、2階のリビングへ一緒にもどる。

ボクの体調がよければ、たまに友だちとお茶をする。

午後は、次女の塾の弁当作りと夕食の準備。

パソコンにむかって資料作りをしている間は

母のひざの上で猫のようにまるくなる。

ボクが夜中に起こして、寝不足が続いていたから

一緒に昼寝もした。腕枕をしてもらう。

夕方からは、毎日のように近所の子どもたちがやってくる。

お裁縫や国語を教える。

  あれ、何の音?  子どもたちがたずねる。

ボクのセキが聞こえたらしい。

母は、ボクが老犬で心臓の悪いことを説明する。


体調が悪い割には食欲旺盛で

ボクは 1日に6回ぐらい手作りご飯を食べていた。

母はボクのご飯ばかり作っていたような気がする。


そんな毎日だったから、

家族もいなくてボクもいない

月曜日から金曜日までを 母は持て余しそうになる。

ボクはひざの上にいない。

昼寝も腕枕もいらない。

ボクがご飯をせがまない。

家事と仕事をもくもくと片付ける。

ボクの姿のないリビングにはいられない。


空白の時間には、外へ出かける。

生前と同じようにボクに声をかけてから。

  銀ちゃん、ちょっと出かけてくるね。いい子で待っててね。

  ハイ。ワカリマシタ。でも、こっそりついて行く。

ペットショップをめぐり、ウィンドウにはりついて

トイプードルの子犬をじっと見つめる母に

店員さんが声をかける。

もう、ボクが待っていないから 子犬を抱かせてもらう。

ぬくもりと重さをたしかめて、

目をつむって、ボクのことを思い出す。

自分でも意外に思っているみたいだ。

他の犬を見ると、つらくなるのかと思っていたけれど、

母の場合は、逆だった。

ボクを抱いていたリアルな感触が、母を落ち着かせる。

友だちがトイプードルをつれて、家に寄ってくれる。

抱かせてもらって頬をよせる。

ボクにしていたように。


そうそう、その調子。

他の犬のぬくもりをかりて

気持ちを立て直すんだ。


ペットショップに通いつめて

シルバーのトイプーをなくしたお客さんとして

覚えられてしまった母。

子犬にストレスを与えるから、と抱くことを控えていたけれど

今だけは許してもらう。

Lさんの忠告どおり、我慢しない。頑張らない。

なかなか飼い主が決まらず、2週続けて店に残る子犬がいると

母はそのコの行く末を心配する。

次に行ったときにその子犬のケージが空になっていると

ひそかに安心する。

今では、ショップの店員さんのような気分だ。

どうせ毎日来るのだから、

ペットショップで働いたほうが 良いのではないかとさえ思えてくる。  

店員さんにそういうと

   間違いないです。

と言われていた。


こうして母は繕いものをするように 穴をうめる。

少しずつ、少しずつ、心にあいた穴が小さくなる。


H動物病院のセンセイは

   昨年のあの状態からよくここまで頑張った。

と、ほめてくれた。

生保レディのKさんが、ボクのために

かわいい花束を持ってきてくれる。

Oさんが母のペットショップめぐりにつき合ってくれる。

みんながお線香をあげに、たちよってくれる。

ブログで知り合った人たちが、あったかいコメントを残してくれる。


こうして、一日一日が過ぎてゆく。

永遠に時が止まってしまったかのように思えたあの日。

時間がかたつむりの歩みのごとくノロノロとしかすすまなかった。

今では、ひとりきりでボクのビデオを見ることもできる。

人ってありがたい。


オカアサン、会えないのは寂しいけれど

家族に笑顔がこぼれると

ボクは安心するよ。

みんなの笑い声が聞こえると

ボクも幸せな気持ちでいっぱいになるよ。

穴を埋める 歳をとっても、オスワリ ぐらいはできた





















今日は月曜日。楽しみにしていた次女の入学式。

昨日と同じように、ボクのごはんのしたくがすすむ。

おにぎり、お水、お線香。

そして、抱きしめる。頬を押しつける。


父も参加するようだ。会社、休みすぎじゃないかな。

長女も、同じ学校だから出席させられる。

満開の桜。心地よい風。春の香りがする。

家族みんなで自転車にまたがり、

長女の通いなれた道を彼女を先頭に出発。

ボクは空の上から見守る。

笑顔の家族を見るのは久しぶりだ。

緊張している次女の顔が見える。

新入生に間違えられた長女はふくれっつら。


明日から、父は会社へ行き、

子どもたちは学校へ通う。

子どもたちは、新しい環境の中

自分の居場所をみつけるべく、心はいそがしくなる。

ボクのことを考えて沈みこむヒマはなくなる。

母は、仕事はあるけれど、たいていは夕方だけだ。

家族のいない残りの時間は、

今までボクとともに過してきた。

人生の3分の1を、ボクと一緒に生きてきた。


母はまだ、ときおり思い出したように号泣する。

キャベツを刻んでは、銀ちゃんがのぞきに来ない、と泣く。

父が、にせ銀をキッチンに立つ母の足元に置く。

ボクが生前していたように。

ソファにこしかけ、銀ちゃんが抱いてくれとせがまない、と泣く。

長女が、にせ銀を持ってかけつける。

  お母さん、そんなに泣いてたら、銀が天国にいけないよ。という。

足長バチが部屋に入り込む。

銀ちゃんの生まれ変わりかも知れない、と母がいう。

  お母さんがハチ嫌いなこと銀は知ってるから、ありえない。

と、長女が否定する。そうだよ。ボクはハチになってないよ。

次女は、平静を保つ。寂しさを心の奥深くに押し込める。


父と子どもたちが、それぞれの日常をとり戻した朝。

ひとり家で家事をしている母が、

階下の洗面所から ボクのいたリビングへかけ上がって来た。

  銀ちゃん?

ハイ。ここにいるけど。

幻聴だ。ボクはないていない。

ボクが頻繁に発作に見舞われていた頃、

母はリビングを離れるときは、

いつも耳だけリビングにおいてくるような気持ちで

生活していた。

少しでもボクがないたり、

フローリングにあたるつめの音が乱れたりすると、

猛ダッシュで階段をかけ上がって来た。

たとえ深夜でも。明け方でも。

近所の人と玄関で立ち話をしていても。

アンテナはいつもボクの方を向いていた。

おかげで何度も救われた。


夜中、ぐっすり眠っていたはずの母が、目を覚ます。

みんな寝静まり、物音ひとつしない暗闇で

うつろな母の目が泳ぐ。何かを探すように。

ボクがおやつのガムをひっぱっている感触がした、らしい。

右手の指先を見つめている。

そうだね。ボクがガムをくわえて、

おかあさんがはしっこを持って、

二人でひっぱりあいっこしたね。

そんな何気ないなずの感触が、今になって、

おかあさんを眠りから呼び起こしてしまうなんて。

オカアサン。ボクは初めて涙を流すよ。

そんなおかあさんが心配で。もう少し頑張れたらよかったのにって。

銀ちゃんに会いたい。

銀ちゃんを抱きしめたい。

もう一回だけでいいから、銀ちゃんをこの手にとり戻したい。

子どものように泣くおかあさんをみていると、ボクもせつなくなるよ。

ホントに長い時を二人で過したね。

それなのに、あるときを境に引き受けなくてはならない

ボクのいない空白の時間。

ボクの姿の見えない空白の場所。

ボクはここにいるけれど、

おかあさんのひざにとびのることはできない。

ほおを伝うその涙を、なめることもできない。

ボクも涙を流す。思い残すことはないはずなのに。


今のおかあさんは、波間にゆれる小船のようだ。

凪の間は大丈夫。でも、大きな波が来くるときもある。

そんな時は、抵抗しないで、波に身をまかせるんだ。

安心して。ムリをしないで。

いつか岸にたどりつく。

ボクが、安全な場所まできっと導いてあげる。

心配する銀








骨壷におさまり、二日目。日曜日の朝をむかえる。

にせ銀 を仏壇前のお座布団にすわらせ

母がボクの骨壷を抱いて頬をすりよせて、おはよう と言う。

ボクの重さを確かめるように、ギュっと抱きしめる。

いつものおにぎりを作ってくれる。

薬はいれなくていいかな。と母が父に相談している。

花瓶の水が取り替えられ、ボクのお皿に

あたらしい水とドライフードが入れられる。

おとうさんがお線香に火をつける。


子どもたちがピアノのレッスンにでかけた。

長女がピアノの先生にボクの旅立ちを報告している。

先生は一瞬絶句して、自分の実家にいた柴犬の話をしてくれた。

  メチャクチャ臆病者だったそのコは、カミナリがとどろくある日

  ダーッと脱走して、二度と戻らなかったそうだ。

  実家のお母さんは悲嘆にくれたが、次に実家に帰ったとき

  ちゃんと新しい仲間が迎えられていた。

  そのコは、先生の足を自分から踏んだくせに

  キャンキャン とないて

  先生が足を踏んだように見せかけて

  先生がお母さんに叱られるハメになったそうだ。

そうそう、ぼくも片足をひきずるフリをしばらく続けたことがある。

両親が、幼かった子どもたちにかかりきりで 寂しい思いをしたとき。

引越しの後、家中バタバタと忙しくてつまらなかったときも

もういちど 足をひきずってみたが、

すぐにばれたので、その日のうちにやめた。

ボクを診察したセンセイが、両親に話すのを聞いた。

  このコ、自分のこと犬だと思っていませんよ。

そんなことはない。ボクは犬だ。

母が大きな鏡の前で、ボクを抱いてよく言い聞かせていた。

  銀ちゃん、見てごらん。銀ちゃんとお母さんは違うでしょ。

  銀ちゃん、下の歯が見えちゃうねぇ。

  銀ちゃん、犬だねえ。

ボクが顔をそむけても、グイッと角度を変えてボクの顔をうつしていた。

もう、わかったってば。ボクは犬だよ。


今日の午後は、家族写真の撮影のため写真スタジオへ行く日だ。

ボクも一緒に写真におさまるはずだったが、間に合わなかった。

大きく引き伸ばしたボクの写真を、母が用意している。


母は、髪をカットしに行くようだ。

気が進まないが、予約してあるので仕方ない。

相手にも予定があるからと、ドタキャンはしない。

母のいくこぢんまりしたヘアサロンには

いつもミニチュアダックスがいる。

髪を切ってもらいながら、母はボクのことを話している。

DirectorのOさんも、やはり一瞬絶句。

おもむろに、自分の体験を語り始める。

 忙しい毎日をおくっていたけれど、ある日休みがとれた。
 
 そのたった一日の休日に、愛犬が旅立ったと。

 きっと、犬たちは、別れの日をちゃんと決めてるんだと。

帰り際、母はミニチュアダックスをなでさせてもらう。

今までは、ボクが家に待っているから、

母はよそのコにあまりふれなかった。


さてと、写真スタジオに行く時間だ。

ちょっとした空白の時間に、涙を流すから

みんなはれぼったい目をしている。

通りすがりの動物病院を見て、母は涙ぐむ。

母は泣くたびに化粧もなおさなくてはならないし、大変だ。

さぁ、気持ちを切り替えて。

受付で確認。

   入学記念撮影で、ワンちゃんもご一緒ということで。
  
   スミマセン。犬は3日前に死んでしまって。写真を一緒にお願いします。

ここでも、絶句。

なにはともあれ、無事に撮影終了。

次女の主役の座を奪い、ボクが真ん中に。

ゴメンネ。

銀家族写真

ボクの写真が小さすぎたとくやんでいた
みんな、笑顔がかたいなぁ











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