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ボク、銀ちゃん。15歳と4ヶ月と3日で旅立ちの時を迎えた、シルバーのトイプー。

4月1日、京都から帰り、すっかり体調を崩してしまったボク。

こんなに食欲がないのは、生まれて初めてだ。

血液検査にレントゲン、お薬に注射。

あらゆる手をつくしてもらったけど、元気になれない。

4月4日の夜、父の腕枕で眠りにつく。夜中に起きて、母のそばへ行こうとしたが

ちょっとしたベッドのくぼみが山あり谷ありの道のりに思える。

ほんの数歩なのに、母の隣にたどり着けない。

一度眠ったら、めったなことでは起きない父が目を覚まし、ボクのおしりを持ち上げて押してくれた。

無事に母の枕元へ。母は無意識に腕枕をしてくれた。

朝6時半。母の目覚ましがなる。

「一緒に起きる?」と聞かれたが、もう少し眠っていたい。



父が起きて、ボクを抱き上げ、家族のいるリビングに連れていってくれる。

やさしくやさしく、ボク専用のベッドに寝かせてくれる。

母が朝食の支度をしているキッチンまで、ボクの足で20歩だ。

久しぶりに 自分のベッドから起き上がり、母のそばまでいってみた。

数日前まで、母が料理を始めると、必ずのぞきにいって

キャベツやブロッコリー、レタスの芯をもらって

ボクの食事専用の場所まで運んで食べる、ということを

何往復も繰り返していた。

そんな簡単なことが、難しい。

「銀ちゃん、来てくれたの?」

母の足元にようやくたどりついたボクをみて、母はほほ笑んだ。

元気になったのかな、と期待する。

でも、自分のベッドにもどることができない。

母の目を見つめたまま、ぼくはその場に座り込んでしまう。

父が、ボクのベッドにもどしてくれる。


今日は4月5日。次女の入学式はまだ4日も先だ。

明日は、長女の始業式。めずらしく部活が休みで、今日は一日中家にいるという。

母は午前中は階下のアトリエで、生徒さんに国語を教えていた。

お昼ごはんの時間。病院でもらった栄養食を食べようとしないボクのために

母は、おかゆを作ってくれた。

ごはんとキャベツとささみをトロトロに煮込んで、さらにミキサーにかける。

ボクの好きなものばかり。

長女がボクを抱きかかえ、次女がお口のまわりにタオルをあてがい

母がシリンジでおかゆを食べさせてくれる。

三人が、声をそろえて 「銀ちゃん、あ~ん。」という。

三人の口も「あ~ん。」となっている。

5ccだけ食べることができた。

三人とも大喜びだ。

「食べたね!エライ!このまま食べれたら、元気になれるよ。」


母はお買い物に行くのをやめて、ボクをひざにのせてソファに座っている。

ときどき、ぎゅっと抱きしめる。

赤ちゃんのころから、何度抱きしめられたことだろう。

「おかあさん。」 ボクは心のなかでつぶやいてみる。


3時のおやつの時間。

同じくおかゆを口に入れてくれる。三人そろって、ボクを見守る。

今度は 10ccも食べた。


1時間ほどして、ダイニングのイスにすわっている母のそばにいこうと

立ち上がる。

次女が、おしっこかもしれないと、トイレに連れて行ってくれる。

おしっこはでなかった。

トイレからでようとして、数歩歩いたボクは、めまいを起こした。

長女がすぐに気付いた。

発作かもしれない!と母を呼ぶ。

母が、ニトログリセリンを口に入れてくれる。

でも、心臓がちゃんと動いてくれない。

起き上がることのできないボクを抱き上げてリビングにいくよう

母が長女に命じる。

「銀ちゃんが死んじゃう!銀ちゃんが死んじゃう!」

三人が泣きながら、交互にボクを抱きしめる。

あったかい腕の中、ボクは永遠の眠りにつこうとしている。

「銀ちゃん、ありがとう。よく頑張ったね、えらかったね。本当に良く頑張ったね。銀はいい子だね。」

母の声が聞こえる。意識が遠のく。

長女の腕の中、ボクは旅立ちのときを迎えた。


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去年の12月2日に ボクは15歳の誕生日を迎えている。

食事には厳しい母が、犬用のケーキを買おうといったり、

お正月には犬用のお節を食べさせてあげたいといったり、

妙に優しくなっていた。

でも、ボクはおなかをこわしやすくなっていたので、

慣れないものは食べさせないほうがいいということになった。残念だ。


正月明けには「むくみ」があったし、

てんかんの発作も再発したし、

病気のオンパレードだ。

心臓の状態も心配だったので、利尿剤を続けて服用するようにもなった。

ここ数ヶ月は、7錠の薬入りおにぎりを毎朝食べていた。


3月31日、雨の降る寒い日。ボクたちは車で京都へ向かった。

次女の卒業式も終わり、久しぶりに祖父母に会いに行ったのだ。

ボクより一足先に天国へと旅立った桃ちゃんのにおいのする家。

父の妹家族にも会えた。

帰りの高速は渋滞だった。ボクは、母のひざでうつらうつらしていた。

久しぶりに遠出をして、ちょっと疲れてしまった。

おなかの調子も良くないし、あれほど旺盛だった食欲も、まったくない。

整腸剤を飲んでみても、変わらない。

気持ちが悪くて何も食べられない。

センセイは腎機能の低下によるものと説明してくれた。

心臓の負担を減らすため、利尿剤を飲んでいたが、

腎臓が悪くなることは、想定の範囲内だった。

注射と薬。それに、シリンジで口に入れられる栄養食。

食欲をそそるよう、いろいろと工夫してくれたけれど

食べられない。舌で押し戻してしまう。

ごめんね、心配させて。でも、どうしても、食べられない。

少しの水なら飲める。

ボクは一日中寝ていた。



1年前の春、ボクが危なくなったとき、母に頼まれた。

次女の中学受験が終わるまで頑張ってほしいと。

もちろん、ずっとずっと長生きしてほしいけれど、

もう一度 桜の花が咲くのを見るまでは

絶対にお別れしてはいけないと言われた。


もちろんだ。次女は、ボクの大切な妹だ。

まじめでコツコツと努力を続ける彼女をおいていくなんてことはしない。

冬休みの間 ボクは、頑張り続ける彼女のそばで居眠りすることにした。

子ども部屋のカーペットの上でボクがおもらししても、

手際よく処理をしてくれるまでに大きくなった次女。

二人きりのときに、ボクが発作で倒れても、

落ち着いて薬を口にいれてくれた次女。

いつの間にか、ほんとうにいつの間にか

大きく成長していた。ついこの間まで、「ギン!ギン!」と甲高い声で

ボクの名前を呼びながら、ヨチヨチ歩きで近づいてくる赤ん坊だったのに。


そして、無事に志望校に合格した彼女。

写真屋さんで、制服姿の記念写真を撮影するときに

ボクも一緒にとってもらえることになっていた。


でも、ごめんね。あと3日だったね。

初めて制服に袖を通すのも、ボクのお葬式になってしまったね。

満開のミモザの下で、真新しい制服を着て

たくさんの花と大好きなおやつに囲まれて箱の中で眠るボクを抱いてくれた。

ボクは約束を守ったよ。

入学式まで頑張ることはできなかったけれど、キミの合格まではそばにいたよ。

4日後の入学式の日には、空の上から見守るつもりだ。







2ヶ月ぶり。みなさん、お元気でしたか?

実のところ、ボクはもうこの世にはいない。

2週間ほど前の4月5日、天国へと旅立った。

前回は、ボクが突然倒れたところで話が終わっているが、

それは、数年前の話。てんかんの発作だった。

キッチンのPタイルの上で、おしっこをもらしながら、腰を抜かしたように

グルグルまわっているボクをみつけたときの母の驚きようといったら!

ボクの発作がおさまって普通の状態になったのに、母の震えは止まらなかった。

週に3回もてんかん発作を起こすようになったため、薬で予防することになった。

そのうちに、気管虚脱や心臓弁膜症も併発したため、どんどん薬が増えて

ボクの薬代が月に3万7千円を超えるようになった。

子どもたちにお金のかかる時期でもあったし、結構キツイ。

トリマーのLさんに相談したら、H動物病院を紹介してくれた。

ボクの骨折を治してくれた獣医さんの息子さんがやっている。

体育会系で元気いっぱいのセンセイは、不要と思われる薬を削り2種類だけにしてくれた。

てんかんの薬も ここのところ発作が起きていないから、飲まなくても良いことになった。

そして、ボクはとっても元気になりました。

気管虚脱が治るわけではないから、ときどきひどく咳き込むことはあったけれど

注射一本か頓服ですぐに治った。元気なまま、何年も過すことができた。


でも、ボクは14歳になっていたんだ。

長女の中学受験が終わり、春がもうすぐそこまできているという三月ある朝、

ボクは母の目の前で、めまいをおこして倒れた。

H動物病院のセンセイは、倒れたときのボクの様子をていねいに聞きだし、

心臓の発作と診断してくれた。

薬を飲み、注射を打っても発作は頻繁に起こり、一日に何度も倒れるようになった。

発作はいつ起きるかわからない。

めまいがしてふらつくものから、鳴き声をあげて失神・失禁するものまで程度も様々だ。

母は外出を控え、夜中もボクの鳴き声やちょっとした身動きで目を覚ますほど

神経が張りつめていた。

ニトログリセリンが手放せなくなり

倒れるたびに家族は大騒ぎで、ボクの介抱をしてくれた。

何度も病院にいった。

ボクの年齢と心臓の状態から、いつ何が起こってもおかしくない、とほのめかされた。

その何か、が起こったときに、ボクを病院に入院させるのか、

家族と一緒に家で過すのかを考えておいてほしいともいわれた。

家族は、ボクを一人ぼっちでいかせないことに決めた。泣きながら、みんなでそう決めてくれた。

センセイもそのほうがいいといってくれた。

でも、まだあきらめたわけじゃない。


センセイもいろいろ調べて、ボクの病状について一生懸命考えてくれた。

試行錯誤しているうちに、ある薬が

ボクにとてもよく効くことがわかった。

なぜ効くのか理論的には証明できなくても、

センセイは、その薬を処方してくれた。

センセイは、飼い主の希望を尊重してくれる、とてもやさしい人だ。

長女が、夏休みの理科の宿題としてボクの病状をレポートにまとめるときも

たくさんのデータを見せてくれたし、ていねいに説明もしてくれた。

おかげで家族は犬の心臓病について、かなりの通になった。


ドッグフードを食べなくなり、薬も嫌がるようになったボクのために

母が、特性おにぎりを考案してくれた。

あったかいご飯に薬を包み、蒸したささみをミキサーにかけた

フリカケをまんべんなくまぶしたおにぎり。

お弁当作りで忙しい朝は、父がおにぎりを作って

ひとつずつ 食べさせてくれた。父の作るおにぎりは

母のそれより、一回り大きかった。

会社へ行く前に、スーツ姿でていねいに おにぎりを

たくさん作ってくれた。

そして、ぼくは劇的に回復したのだ!

なんど倒れても、サツマイモやジャガイモ、ささみ、おから入りの白いご飯を

モリモリ食べたし、心臓以外の臓器が丈夫だったことも良かったのだろう。


でも、ここ数年なりをひそめていた「てんかん発作」が

ある日突然再発した。

父とお薬 おとうさんがおにぎりを食べさせてくれる

















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