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母は、ボクのことを思い出すたびに胸が痛いと感じているらしい。

ボクのことを考えるのは頭の中であるはずなのに

ギュッとしめつけられるのは心臓のあたりだということを

不思議に思う。


母がまだ 似合っていたかどうかは別にして、

皮のローファーを履き、セーラー服を身に着けていても違和感はなかった頃、

生物の授業で脳や脊髄の働きについて学んだとき。

指令を出したり考えたりするのは脳の仕事であることを知り

頭の中が混乱した。

  
  嬉しいときは胸が躍り、悲しいときは胸が痛むのに、

  これって全部脳の働きなの?

  心は心臓の辺りにあるんじゃないの?

  脳ミソが、喜べだの悲しめだのと、私に命令してるの?

  私は脳に支配されてるの?



授業を終えて職員室に帰ろうとする先生を 廊下でつかまえて、

  センセイ、私って誰ですか?

と、トンチンカンな質問をした。

先生は薄ら笑いを浮かべて適当にあしらった。


その時のことを、母は最近よく思い出す。

日々ホッと一息つくたびに、ボクのことを思い出しては

胸に大きな石が詰まったような

そんな感じがして、少し息苦しくなる。

頭でボクのことを考えているのだろうが、

なんというか、空白の時間ができると

自然に 胸の辺りが 痛む。

  空白の時間 → ボクのことを考える → 胸が痛む  だ。

あまりにそれを繰り返しすぎて

ボクをすっ飛ばして

  空白の時間 → 胸が痛む

といった感じで、胸が痛むようになった。

空白の時間ができると

無意識のうちにボクのことを思い出しては

銀ちゃん、と呼びかける。

訓練によって後天的に身についた悲しい条件反射。

それを確かめるための実験に協力した犬がいたな。

  ベル → エサ → 唾液  だっけ?

ベルがなったら、うれしい楽しいごはんの時間。

繰り返すうちに、ベルの鳴る音を聞いただけで、唾液が出るようになった。

エサもないのによだれがでてしまうとは、悲しいものだな。

人間は梅干をみると唾液がでるらしい。

ボクは梅干は食べたことはないから、わからない。


ボクは以前マンションに住んでいた。

その頃、子どもたちがまだ小さくて

母一人では、昼間にボクを散歩に連れ出すことはできなかった。

なにせ、ひとりはヨチヨチ歩きで、もうひとりは

首もすわっておらず、頭をグラグラさせていた。

グラグラにヨチヨチ。

一度、長女の手を引き次女を背負って

母一人で公園に行ってみたことがある。

2階に住むSさんがベランダで洗濯物を干しながら

  がんばって~

と、手を振った。

  お姉ちゃんなんだから、しっかりして!

と、ヨチヨチ歩きの1歳五ヶ月になったばかりの長女を

叱咤激励しながら坂をのぼり、

やっとこさ公園の入り口にたどりついたとき

すでに母はヘトヘト。

おんぶ紐はゆるみ、次女は母の背中に埋もれていた。

見知らぬおばさんが

  背中の赤ちゃん、息できないよ。

と助け出してくれた。

ボクを連れて行くのは到底ムリだ。

そんなわけで

ボクの散歩は父の帰宅後、が日課となった。

週に2回ほど、夜中に家のゴミを集めて

マンションのゴミ置き場へ運ぶのも父の仕事だった。

ゴミ出しの日は、ボクの散歩もゴミ出しのついでに行われる。

  今日ゴミ出しだよね?

というセリフと共に、ゴミ集めが始まり、

ボクにリードがつけられ、ゴミ出しおよび散歩に行く。

ゴミを出したあと、人気のない坂道を父とふたりで

軽くジョギングする。とても楽しいひと時。

  ゴミ → お散歩 → 喜ぶ  の図式はすぐにできあがり、

  ゴミ → 喜ぶ  という条件反射が定着した。

「ゴミ」という言葉を耳にしただけで、ボクはうれしくてうれしくて

たまらなくて、部屋中を走り回るようになった。

父母は、「ゴミ」という言葉を避けて

  今日アレの日だよね?行く?

と、意味不明な暗号化された会話をするようになった。


もうひとつボクが身につけた条件反射がある。

次女は食が細くて、よく食べ物をこぼした。

両親は、ボクに人間用の味付けをした食べ物を

極力食べさせないようにしていたから、

次女が食べ物をテーブルから床に落とすたびに

  落ちた!

と叫び、すばやくそれを拾っていた。

たまに、両親が拾い上げるよりも早くボクが食べ物に飛びつき

おいしい食事にありつけることもあった。

やがてボクは食事どきには、

次女のイスの下でおこぼれを待つようになった。

ほどなくして、ボクは

  「落ちた!」という言葉を耳にする → 床に落ちた食べ物を探す 

という習性を身につけてしまった。

ハサミが落ちようが、子どもがイスから落ちようが、

「落ちた!」と聞けば駆けつける。

パブロフの犬となんら変わりはない。


ここ数日、母は一人で家にいる間は

ボクのことを深く考えるコトを

意識的に押しとどめるすべを身につけた。

ホッと一息つくやいなや本を読む。テレビをつける。

順調だ。

悲しみをコントロールできなかった4月のことを思うと、

大きな進歩だ。

ボクは上手い具合に、母を安全な岸に導きつつある。


母は今はボクの骨壷を心のよりどころにして過しているが、

やがて、ボクのお骨は土にかえる。

たとえ抱きしめるものがなくなったとしても、

オカアサン、ボクの心はいつも一緒なんだよ。

それは頭で理解することではないのかもね。

心から、母がそう思えるときがきたら、

ボクは虹の橋に向けて出発しようと思う。

おこぼれを待つ 
おこぼれを待つボク さすがに中学生になり今は次女もこぼさなくなった


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みなさん、コメントありがとうございます。
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ずっと前に新聞の相談コーナーに載っていた話。

母が父に読み聞かせているのを聞きかじっただけなので、

記憶も曖昧ですが、フッと鼻から息が漏れてしまうような内容だった。


  幼稚園に通う前の子どもたち (おそらく1歳から2歳児) が集まる公園に、

  犬を連れたおじさんが現れるようになった。

  母親たちは社会のルールを教えるべく

  すべり台やブランコの列にキチンと並び、

  自分の子どもたちを順番に遊ばせていた。

  すると、おじさんも犬を抱いてその列に加わり、

  順番がくると、犬の体をささえて

   楽しいねぇ~おもしろいねぇ~

  と犬に話しかけながら、子供たちにまじって犬を遊具で遊ばせた。

  おじさんは毎日のようにその公園に 犬と共にやってくるようになった。


相談者である母親は

  なぜ、うちの子が犬と同じ列に並び、

  犬が遊び終えるまで待たなくてはならないのでしょうか?


と、なかば訴えるように相談していた。

回答者の返事は

  ほっておきなさい。きっとその人は

  来年の幼稚園の入学願書受付の列にも

  並んでいるに違いありません。


というものだった。

母は笑い転げ、父はあきれ果てていた。

でも、この話を思い出しながら母は、

  もしまた犬を飼ったら、私もあのおじさんと

  同じことをしてしまうかも知れない...


と、ひそかに心配している。


「はたらく犬」という本によると

ボクたち犬の先祖はオオカミだという説が有力らしい。

あるとき突然オオカミが犬の赤ん坊を産んだということではなく、

何万年という気の遠くなるような長い時間の中で

野生のオオカミが人間と出会い、飼いならされ、

人間と暮らす「犬」になったという説だ。

人間が集団で獲物を狩るようになた4、5万年前

自分より大きなえものを追いつめるオオカミをまねるものが現れた。

これが、それまでは敵だったオオカミに

人間が自ら近づいたきっかけらしい。

そして、今から2万年前。人間がブーメランや弓矢などを使い

大きな動物をしとめるようになると、

今度はオオカミが人間の後ろについて

獲物のおこぼれをもらうようになった。

しだいにボクたちの祖先は

狩の手伝いをしたり、番犬のような仕事をしたりして

人間になついていった。

飼いならされたオオカミ=犬は

優れた嗅覚と聴覚でえものの居場所を突き止め

人間に教える。

人間は犬が自力で捕まえられない大型動物をしとめて

分け前を犬に与える。

こうして犬と人間は最高のパートナーになった。

でも、犬が人間に与えたのは 「狩りの獲物」

だけじゃない。

犬は真暗な夜に人間を襲う肉食獣が近づくと

人間にそれを知らせた。

犬は人間に「安心して眠れる夜」もプレゼントしたのだ。

ある学者は

  現代人が犬に触ると安心するのは

  この頃の記憶が脳に刻まれているからではないか

と解説している。


その昔、ボクたちの祖先が人間に

「安心して眠れる夜」をプレゼントした。

今を生きるボクたちは、

それ以上のお返しをもらっているのかもしれない。

父母が幼い頃、犬は外で飼うのが一般的だった。

20年もたたないうちに、ボクらは家の中で

人と一緒に暮らすようになった。

洋服も着せてもらうようになった。

雨の日にはレインコートを着る。

犬の幼稚園だってある。

病気をすれば、病院に連れて行ってもらえる。


ボクたち犬も頑張っている。

警察犬として、盲導犬として、

セラピードッグとして。

大好きな人間の役に立てるよう、日々努力している。


ブラボー!犬と人間。

ボクたちは大昔から現在に至るまで

長い長い時間をかけて 絆を深めあってきたんだ。

それぞれの犬がそれぞれのパートナーを見つけて

歴史をつむぎ続ける。

ボクらの寿命はどんなに長くても20年くらい。

ひとりひとりの命は十分長いとはいえないけれど、

バトンタッチをしながら、途切れることなく

人との関わりを続けることはできる。

もっと深く、もっと強く、もっと長く。


ボクと家族がつむいだ15年の歴史を

終わりにしたくはない。

メリー、セルティー、プーちゃん、

そしてボクへと引き継がれた大切なバトン。

また、次の仲間にこのバトンを渡したいと思う。

でも、オカアサン、

できることなら

もういちど

ボクは、家族に会いたい。

かなわぬ願いだけど、

もう一度、同じベッドでオカアサンのとなりで眠りたい。

オカアサンの腕枕が恋しい。

あの白いソファの上で、オトウサンとお昼寝をしたい。

子ども部屋のベッドで、子どもたちと一緒にふざけあいながら

いつの間にか眠りにつきたい。

家族もボクに 「安心して眠れる毎日」 を

与え続けてくれた。

それだけじゃない。

あたたかいひざの上、

やさしく撫でてくれる手、

語りかける言葉。

何よりも、ボクを家族の一員として選んでくれたこと。

すべてが最高の贈り物だったんだよ。

ボクが旅立つそのとき、最後に耳にしたのは

  銀ちゃん、ありがとう

というオカアサンの声。

そして、子どもたちの泣き声。

永遠に忘れることはない。

ボクは家族を見つめていたし、

家族はボクを抱きしめてくれた。とても強く。

それは、一番悲しい瞬間でもあり、

最も幸福な瞬間でもあったのかもしれない。

ボクのほうこそ、

アリガトウ。

ラストショット2 

子供たちとのラストショット ボクの旅立ちを予感した母が
しぶる子どもたちをうながして撮影した



ラストショット1 数時間後にボクは旅立った 

ラストショット3 カメラを構える母を見つめた 最後の一枚


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先週の金曜日、子どもたちのテスト期間が終わった。

長女の友だちが学校帰りに5人も遊びに来た。

我が家の娘2人 + 中2の女の子5人 = 若い女の子7人

狭い我が家のリビングにひしめき合う。

そのうちの2人は、生前のボクに会ったことがある。

ボクの仏壇にある骨壷を見て、驚いていた。

  ちっちゃ!こんなにちっちゃくなっちゃうの?

  これで銀ちゃんの骨、全部入ってんの?

みんな、生物で習ったでしょう。

生前のボクは、骨だけでできていたわけじゃない。

全身毛で覆われていたから、実際よりも太って見えたしね。

それにしても、大人の人間の骨壷に比べれば小さいものだ。


友だちがキッチンにいる母にあいさつをしながら

手土産を渡している。

リングケーキにおまんじゅうにクッキー、キャンディー、ポテトチップス。

次々にお菓子を手渡されて、

   お誕生会の主役みたい!

と母は楽しそうだ。しかし、そのお菓子が母の口に入ることはないだろう。

  これは、ご家族のみなさんでどうぞ。

但し書きのついた手作りの焼きたてパウンドケーキもある。嬉しい。


我が家から中学校までは自転車で10分くらいだが、

みんなの家は結構遠いらしい。

満員電車に1時間以上揺られて通う子達もいる。

ちょっとつぶれたケーキや、箱の中でかたよったおまんじゅうを見て

胸がキュンとした。

  なんだか、けなげだなぁ。

  朝早くに家を出て、学校に着いて、テストを受けて

  学校から駅まで歩いて、電車に乗って途中で乗り換えて

  また駅から我が家まで歩いたのだ。

  手土産がつぶれるのも無理はない。

  中学生になると、いちいち母親同士が連絡をとりあうこともない。

  手土産に込められたそれぞれのお母さんたちの思いを

  母はありがたく受けとめる。


自転車組の長女と近所に住む友人が人数分用意しておいた

マクドナルドの袋が開かれる。

クーポンや携帯のチケットを駆使して、

それぞれの好みのセットを購入してある。

ハンバーガーの嫌いな次女にはナゲットだ。さすが。

あらかじめ1000円ずつ徴収してあったらしく   

おつりを計算して渡している。

まったくいまどきの子たちだ。

母はキッチンでいただいたお菓子をお皿に並べて

  では、みなさんごゆっくり。

と一言残して、出かけてしまった。

今日は午後の仕事がないから、

久しぶりにHさんとお買い物だ。

Hさんはボクのお通夜に息子のK君と

カサブランカの白い花を手にかけつけてくれた。

とっても気さくで楽しい人だ。

でも、おっちょこちょいな一面もあり、よく周囲の人をハラハラさせる。

ボクのお通夜のときには

  銀ちゃんて、男だったの!

とびっくりしていた。

お棺の中で、ボクは飛び起きそうになった。

だって、知り合って10年。

息子のK君ですらあきれていた。

まぁ、最後に誤解が解けてよかった。


子どもたちは昼食を終えて、

リビングの大きいテレビの前に集まり、Wiiで遊び始めた。

ボクの仏壇はリビングのソファのすぐ横にある。

みんなの手にあるリモコンが間近に迫って、スリル満点だ。

テストから解放された彼女たちはハイテンションで

本当に楽しそうだ。せまい家のなかででっかい声でしゃべる。

長女によると
 
  みんなお金持ちで家が大きいから、でっかい声でしゃべるクセがついている。

らしい。ホント?

お願いだから、骨壷はこわさないでね。


Hさんと母は車でショッピングモールへ。

お決まりのようにペットショップをまずのぞく。

今日はめずらしくブラックのトイプーもいる。

母は、ブラックの赤ちゃんのマズルが長いのをみて、ほくそ笑む。

Hさんには違いがよくわからない。

120万円のトイプーをみて、首をひねる。

犬もいろいろだねぇ。と素直な感想をもらす。

  やっぱり長い顔はかわいいなぁ。

  でもさ、シルバーじゃないし。

  あごもでてないし。

独りよがりな感想を述べる母。

  やめなさいって、受け口まで求めるのは。

さとすHさん。

2人はフラフラとペットショップをあとにして

Hさんが買いたいというゴミ箱を探しに行ってしまった。


四十九日は過ぎても、ボクの遺骨はまだリビングにある。

家族そろってお寺に行きたいから、

みんなの予定の入っていない休日にしか行けないから、

と先延ばしにしている。

母は、まだ気持ちに区切りがつけられないでいる。

ボクの骨壷を抱きしめては、ボクの存在を確認している。


父と昼ね リビングのソファの上で 父と一緒に昼寝をした


一人で昼ね ひとりでもよく昼寝をした 

晩年には自力で上れなくなって、おしりを持ち上げてもらった。

昨日は四十九日だった。

四十九日といえども、ボクと別れて50日足らず。

気持ちに区切りをつけるのは、そんなに簡単なことじゃない。

280本入りのお線香の箱は空になり、

新しいお線香が1箱購入された。

アロマキャンドルは、何箱めかわからない。

昨日のお線香の燃えカスは山盛りだった。

試験があと2日あるというのに、子どもたちが

かわるがわる子ども部屋から出てきては

お線香に火をともしてくれる。


特大おにぎりが みっつ 器に盛られた。

生前は、ボクがのどに詰まらせることを恐れて、

心配性の母が作るおにぎりは

とてもちっちゃかった。

父は楽観的な人だから、

大きいおにぎりをにぎってくれた。

この感覚の違いで、二人はときどき衝突する。


この前の日曜日、

朝の7時前に起きてキッチンにたつ母が

泣いていた。

母の涙を見るのは久しぶりだ。

ここのところ、ずいぶん気持ちは落ち着いていた。

ボクを思い出して、目を潤ませることはあっても

涙を流すことは2週間近くなかったと思う。

休日だから、家族が起きるのは普段よりも遅めで、

朝食の支度をしてホッと一息ついたところで

ポッカリ空白の時間ができたらしい。

レタスの芯を持って

ボクの仏壇の前にすわって

ボクの名を呼ぶ。

我が家では長年、キャベツやブロッコリーなどの野菜の芯は

ボクのおやつとしてストックするのが常だった。

いまも無意識に芯の部分を取り分けてしまう。

子どもたちはやわらかい部分だけ食べて成長したから

芯は犬の食べるものだと思っているかもしれない。


ボクを失った家族は、

それぞれが違った種類の悲しみと向き合っている。

長女が、学校から帰って制服姿のままで

ポツリとつぶやいた。

  
  私、生まれて初めて犬を飼ってる人をうらやましいと思った。

  今まで、犬を飼いたいっていう人の気持ちをわかっていなかった。

  お母さんは、人生の途中から銀と一緒になったけど、

  私は生まれたときから銀がいたんだよ。

  銀がいない生活なんてはじめてなんだよ。


そうだね。ボクたちはいつもいっしょだったね。

子ども部屋に忍び込んでは

キミの片付け忘れた靴下をくわえて、ボクのハウスに運んだ。

そのたびにキミは、だらしないと叱られていた。

ボクから靴下を取り返すため、

冷蔵庫へ走り、野菜の芯をひとつとってくる。

お互いに目を見つめ合ったまま

キミはボクとかけ引きをするように

少しはなれたところに、芯を投げる。

遠すぎても近すぎてもいけない。

離れすぎていれば、ボクは芯の誘惑に負けない。

すぐそばにあれば、前足で靴下を押さえたまま

一瞬で芯を食べてしまうから、

靴下をとる隙はない。

キミはかなりの確率で、ちょうどよい地点に

芯を投げられるようになった。

ボクが芯に気をとられている隙に

キミは靴下を取り返す。

毎朝おきまりの光景だった。

なつかしいね。


ボクがいなくなって、

安心して靴下を床に脱ぎ捨てるようになって、

相変わらず だらしないと

キミは叱られている。

花織泣く

生まれたばかりのキミはボクより小さくて、ボクが近寄ると泣いてばかり


花織お昼ね すぐになれて、お昼寝も一緒にするようになった

花織と仲良し 笑顔も見せてくれるようになった

花織車 車にのってボクに向かって突進してくると、ソファに避難した

花織オサンポ 

1歳2ヶ月になり、ボクのリードを握り お散歩に連れて行ってくれた


そして、13歳になったキミの腕に しっかりと抱かれて、

15歳のボクは 安らかな眠りについた。

昨日は932年ぶりの金環日食が見られた。

みなさんのお住まいの地域では、いかがでしたか?

日本の半分くらいの地域の人が、

ほぼ同時刻に空を見上げていたと思われる。

最近、うちの家族も含めて

うつむきがちな人が多かったと思うので、

喜ばしい。

母も朝からボクの骨壷を抱えて

テラスとダイニングを行ったりきたり。

子どもたちよりそわそわしていた。

太陽グラスはふたつ用意してあった。

ふたつのグラスを4人でプレゼント交換のように

グルグル回しながら、ときどき

テラスのテーブルの上に置かれた

ボクの骨壷にもかける。

そこにかけてもらっても意味はないけれど、

まぁ、母の気持ちだ。

みんなノーコメントだった。

日食が始まった頃、太陽は薄雲に覆われていたが、

三分半の金環食の間は、

リング状に輝く美しい姿を見せてくれた。

ボクがもうすぐ行くことになる虹の橋は

あの太陽の近くにあるのだろうか?


先週日曜日の母の日。

両親がちょっとイヤな気持ちになっていた。

母は茶色いトイプードルのぬいぐるみを

プレゼントとしてもらったが、

ちょっと遠くて母ひとりでは行けないペットショップに

連れて行ってほしいと、父にお願いしていた。

そのお店のHPには

トイプードルの赤ちゃんがたくさんいると書かれてあり

前々から行ってみたいと思っていたらしい。

  子どもたちはテスト勉強のためそれどころじゃない。

  とくに長女は直前にあわてるタイプだ。

父と二人ドライブがてら、ペットショップにむかった。

お店にはレッドのトイプーベビーが5頭ほど。他の犬種の赤ちゃんもいた。

トイプーを見つめる父母に、お店の人が

  トイプードルをお探しですか?  と聞いた。

  まだ、今すぐには飼うことはできないんですけど、シルバーが好きで...
  
  そうなんですか?! シルバーは極端に小さいか大きすぎるかで
  
  体重が安定しませんよ。あんまり生まれませんしね。


そうなのか?ボクは3.6kgだった。

父母はお店を出て、外のテラスにいる成犬たちのところに行った。

シルバーのトイプーもいる。

久しぶりに間近でみるシルバーのトイプーの成犬。

食い入るように見つめている。

でも、

その子のおしりは

とても汚れていて、

毛玉もいっぱいできていて、

他の犬たちも

やっぱり清潔とはいえず。

なんだか、悲しくなってしまった。

早々に帰路についた。

  商売だからなぁ...とにかくそこにいる子犬たちを早く売りたいんだろうな。

  外にいたのは親犬かなぁ。かわいそうだったね。

  なんか、モヤモヤとした気持ちになっちゃったね...うん...


そして、帰りの車中では、ボクとの出会いの思い出話に花が咲く。

ボクも先代犬セルティーやプーちゃんと同じ繫殖所の出身だ。

父母がペット飼育可のマンションに引越し、

3週間後にはもうボクは家族の一員になっていた。


繫殖所に電話したときは、あのやさしいおじさんは

病気で亡くなった後だった。

お店はたたんでいたけれど、繫殖所は奥さんが後を引き継いでいた。

トイプーのシルバーの赤ちゃんがほしい、というと

ちょうどシルバーと白の兄弟が生まれているという。

どちらも男の子。あさってには、別のお店に渡してしまうという。

父は仕事があったので、母が一人で会いに来た。

トイプーに関してはまったく初めてで何もわからない。

真っ黒なボクを目にした母は、シルバーですか?
  
オバサンはやにわにボクの顔にバリカンをあて

ウィーンとひとなでした。

真っ黒な毛の固まりの中から、シルバーの顔がのぞく。

自慢のつぶらな瞳で母をみつめるボク。

母、感動。

ボクは赤ちゃんの頃から元気いっぱいで

人の目をみつめて、アゥアゥわぅわぅ と一生懸命吠えていた。

となりの白い兄弟は器量よしで大人しく、

ボクよりひとまわり小さかった。

とりあえず、母はいったん帰宅した。

ボクの目ヂカラと白のかわいさでかなり迷ったようだ。

それに、ボクはアンダーだ。赤ちゃんのときは

なんとなく顔が大きいという印象を人に与えた。

その日の夜、父母の間でボクは銀ちゃんとよばれ、

兄弟は白ちゃんと呼ばれていた。

  白ちゃんはかわいいけど、銀ちゃんは元気がいい。

  銀ちゃんは正面から見ると顔がでっかく見えるけど、

  しっかりとこっちをみて、意思疎通ができる。

いっそのこと両方飼っちゃおうか、とも考えたようだが思いとどまる。

翌朝8時に母から電話。

シルバーの子に決めました。

やった!

9時にはお店に連れてっちゃうと聞いて、大慌てで車をとばしてやってきた。

父は仕事があるので、母ひとり。

父の着古したパジャマを手にしている。

嗅ぎなれない父のにおいにくるまれて

母と共に、これから長いときを過すことになる我が家へと向かった。

こうしてボクは、家族の一員となった。


出会いは偶然と偶然が重なりあったその一瞬で決められる。

あの日、電話をしなかったら。

ボクが、母の目を必死で見つめていなかったら。

父母が白い兄弟を選んでいたら。


あれから、15年の月日が流れた。いろんなことがあった。

桃ちゃんが来て、去って行った。

子どもたちが生まれた。

姉妹が大切にしているシルヴァニアファミリーの小さな人形が

ほしくてたまらなかった。

ウサギのお母さんをこっそりくわえてボクのハウスに持ち込み

叱られた。10年以上たった今も、噛みあとが痛々しい。

引越しをした。おでかけもした。

小さかった子どもたちは中学生になった。

そして、ボクは15年の生涯を閉じた。

父のにおいのするTシャツにくるまれて。

明日は四十九日だ。

そろそろ虹の橋へむかう準備をしなければならない。

赤ちゃんボール 赤ちゃんの頃のボク

赤ちゃんダンボ 
 母の教室の生徒さんに 林家ペーに似ている といわれた


ボク、銀ちゃん。シルバーのトイプー。5月23日に四十九日を迎える。


「本日、トイプー日和」のティクレアさんの紹介で

たくさんの人たちがボクのブログを訪問してくれた。

ティクレアさん、みなさん、ありがとうございます。

元気な仲間の近況を知ることができて

ボクも元気のおすそわけをもらえる。

お礼というわけではありませんが、

次女の動物に関する持ちネタを披露します。


 《その1》

  幼稚園に入る前、長女と次女が言葉遊びをしていた。

  言葉の中に食べ物や動物の名称を潜ませるという

  他愛のない遊びだ。
 
  長女「こんチクワ」 (こんにちは?)
 
  次女「ゾウいたしまして」 (は?どういたしまして?これでは会話にならない)

  長女「・・・。」 (案の定、沈黙)

  どっちもどっちだ。長続きしなかった。


 《その2》
  
  小学校から帰った次女がおやつを食べながら

  ダイニングで母に報告していた。

  Kちゃんがね、  

  公園の花壇のそばに茶色いプードルがいると思って
 
  うれしくって駆け寄ったら、

  パーマをかけたオバサンがしゃがんでただけだったんだって。


  パーマが強くかかりすぎ、さらに茶色く染めすぎたのだろう。

  罪深いオバサンだ。

  Kちゃんの驚きようが想像される。


 《その3》 
  
  つい先日、中学校から帰り

  あいかわらずダイニングでおやつをほおばりながら

  母に報告していた。

  この春入学した中学校の先生から聞いた話らしい。

  先生ね、でっかい動物が好きで、

  ジャーマンシェパード2頭、グレートデン1頭

  めずらしい大きいオウム3羽 を飼っているんだって。

  前は、ドーベルマンを飼っていたんだけど、

  散歩しながら背中を撫でられないことが不満だったらしいよ。

  犬たちは体が大きいから、部屋の中を歩くルートが

  厳しく決められているんだけど、

  たまにルートから外れる子がいて、そのたびに

   コラ!どこ行くのん!(先生は関西弁らしい)

  と叱っていたら

  オウムたちがその言葉を覚えちゃって、

  犬がルートを間違えると

   コラ!どこ行くのん!

  と叫ぶようになったんだって。

  (母は、そのときに犬たちは方向転換をするのか、バックで戻るのかを気にしていた)

  それからね、  

  先生がおうちに帰ったときに

  オカエリ!と声をかけてほしくて

  帰宅するたびに

  おかえり!と自分で言ってたら、オウムたちが

  オカエリ!と言ってくれるようになったんだって。それで

  ただいま!と返事をしていたら

  今度は、帰宅すると

  タダイマ!と言われるようになっちゃったって...


  先生が、お帰り!と言うのだろうか?

  オウムという生き物は、頭がいいのかそうでもないのか、

  ボクにも判断しきれない。

  余談だが、先生はサボテンも好きで

  100鉢以上育てているらしい。

  ちなみに先生は、女性だ。

  男前な感じがする。


次女は、感情をあらわにするたちではなく口数も少ないほうだ。

でも、学校でおもしろいことがあると

いつも報告してくれる。

ボクも一緒に話を聞いていたし、結構楽しみにしていた。

ボクの旅立ちの際には

多くの方々が涙を流してくださった。

今日の話で、少しでも笑顔になっていただけたら

ボクもうれしいです。

彩音携帯 次女の携帯に残るボクの姿


台所2 
子どもたちが小学生の頃 
お菓子を焼きはじめるとボクも台所をのぞきにいった


台所1
においだけはかがせてくれた






 

  
  

セルティーを失い

しばらく動物を飼うことをやめていたが、

母が中学生になって

精神的にも日常生活においても

ある程度自己管理ができるようになると、

ふたたび動物の面倒をみる余裕ができた。

親友の飼っていたキレイな色のセキセイインコは

たしか、ムムという名前だった。

いつも小難しい顔をしていたからだ。

  結構、カワイイよ。

という彼女の言葉に触発され、

母は近くのショッピングモールに併設された

池田牧場というペットショップへ

親友とともに出かけた。

なぜか戸外の柵の中にロバやうさぎ、ヤギなどがいて

今考えると、かなり不思議な店だった。

店内には昆虫から魚類、爬虫類、犬猫まで

所狭しと共同生活をしている。

お目当てのセキセイインコは

レジ近くのカウンターの上にいるはずだ。

いつものかごをのぞくと

どう考えても売れ残ったと思われる

グレーがかったヒナが一羽だけ。

なんだか愛着がわいて、母はそのコを連れ帰った。

一羽ではさみしかろうと すぐにもう一羽迎え入れた。

パセリとレタスという草食系の名前だった。


大学生になり、東京で一人暮らしをはじめた母は

テニスサークルに入って、

週に2回くらいは練習に参加していた。

あるとき、大学近くの公園のテニスコートで

練習をしていたところ、コート内に

インコが迷い込んできた。

いち早く保護した友人が、インコを連れ帰るのを見て

ふたたび触発された。

当時は女子寮に住んでおり、

ペット飼育は禁止されていたが、

管理人のおじさんを説得した。

大学から女子寮へ続く大通りの中間地点にある

小鳥やさんで、鳥かごやえさ箱、

このときもまた一人ではさみしかろうと

2羽のセキセイインコを買った。

名前はいんことあんこだった。

夏休みに実家に帰るときに新幹線に乗車するのだが、

シーンと静まり返った車内で

いんことあんこが歌いだすと

身の縮む思いがした。

車掌さんが預かってくれることになり、ホッとしたそうだ。

いんこあんこ 何を考えているのかよくわからないコたちだった



大学を卒業し

地元での就職を希望していたが

配属は六本木にある本社だった。

バブル真っ只中。すでに

男女雇用機会均等法も施行されていた。

女でも総合職や専門職についていれば

深夜まで働かねばならない。

これでは、犬を飼うのは困難だ。

入社直後から転勤を希望し続け

たった1年の間に3回も配属先が変わり

やっとのこと地元への転勤にこぎつけた。

基本的に転勤はトレードだ。

母の希望する配属先の誰かが動いて

母のポストに誰かがおさまらない限り

トレードは成立しない。

ピースがきっちりはまらないと

パズルは完成しない。

一年がかりで三者間トレードを成立させてくれた

上司には頭の下がる思いだ。


セルティーと別れてから、10数年。

母はふたたび犬を飼う権利を手にしたのだ。

実家に戻り、母がまずしたことは

犬を飼う 宣言だった。

今度は祖父母も反対はしなかった。

お給料ももらっているし、23歳といえばりっぱな大人だ。

それになんと言っても、結局のところ、彼らだって犬との生活が好きなのだ。

セルティーのおじさんに電話をして、

犬がほしいと言うと、子犬がたくさんいるからと

自宅へ招いてくれた。

びっくり。犬の家なのか、人の家なのかわからない。

イメージとして思い返されるのは

たくさんの犬がソファや絨毯の上でくつろいで

テレビを見ている という情景。

子犬から老犬まで老若男女が楽しく暮らす

楽園のように見えた。

そんなはずはないので、母の思い込みだろうが

まぁ、それくらい犬たちが幸せそうだったということだ。

たしかキャバリアを希望していたはずだが、

おじさんオススメの真っ白なスピッツの赤ちゃんがいて

ひと目で母も祖父母もそのコに魅了された。

立派なお父さんと、育児疲れを隠しきれないやさしそうなお母さんにも

会うことができた。

スピッツはプーちゃんと名づけられた。

プー1 小さかったプーちゃんは

プー2 あれよあれよという間に成長し

プー3 立派なスピッツになった


プーちゃんは、すごく大人しい男の子だった。

気が小さくて、おっとりしていた。

近所に住む双子の女の子をみて、

その場でウンチをもらしたこともある。

同じ顔が近寄ってきてよほど驚いたのか、キャンとないた。

瞬時にお腹が下ってしまった。

ボール遊びが大好きで、

ナゲル、ハシル、クワエル、モドル

という単調な動作を あきることなく続けた。

母が結婚して、プーちゃんは実家の祖父母が

そのまま育てることになった。

(ボクのお嫁さんのはずだった)

桃ちゃんを引き取ることになったときも

何の抵抗も反応もみせなかった。

ただ、ありのままを受け入れた。

母の出産や家族の旅行のときには

ボクもプーちゃんのいる実家に預けられたが、

いじわるされたことは一度もない。

気のいいオジサンだった。

プーちゃんは17年生きた。

おだやかな晩年だった。

祖父母に見守られながら、

静かに息を引き取った。

お通夜には、母とまだ幼かった子どもたちが参列した。

プーちゃんが旅立って 7年近くたつが

祖母はいまだに思い出しては泣いている。

ダンボと 母にとってボクは4頭めの犬だ



















母にとって犬との別れは

ボクが初めてではない。

ものごころつくかつかないうちから

すでに雑種のメリーというメス犬と暮らしていたし、

犬に限らずさまざまな動物たちとともに

これまで過してきた。


メリーは近所の文房具やさんに飼われていた犬の子どもだ。

当時は たいていの家が、防犯の目的もかねて

外で犬を飼っていた。

メリーも外犬だった。

いつのまにか、赤ちゃんができて

子犬たちは引き取られていった。

なんとも自由な時代だ。

うっすらと、母の記憶にも残っている。

メリーは、母が幼稚園に通っていた頃

予防接種をしたあくる日、体調を崩して死んでしまった。

大好きだったコロッケも口にすることができなかった。

メリーは母の生まれた家の裏庭の

イチジクの木の下に眠る。


メリー亡きあと、

文鳥、十姉妹、熱帯魚

夜店で買ったひよこ

と、たくさんのペットの世話をした。

幼い頃から金魚すくいが大の得意だったため、

夏祭りのたびに、たくさんの金魚も

いれかわりたちかわり 家族の仲間入りをしては去って行った。


魚ではいまひとつ心が満たされなくて

シマリスも飼った。

チャッピーという名のシマリスは

ある日、祖母がかごの掃除をしている間に

逃げ出した。母が大泣きすることを恐れた祖母は

母が小学校から帰る前までに 急いで

新しいシマリスを買ってきた。

犬だったらこんなことはできない。

ホッと一息ついていたら、部屋の隅から

チャッピーがでてきた。

学校から帰ると

シマリスが2匹に増えていて、母は驚いた。

ロッキーという名をつけて

はれて夫婦となった2匹をかわいがっていたが、

何年か後に相次いでこの世を去ってしまった。

寿命だったのかも知れない。


ハムスターを飼っていた時期もある。

つがいだったから、あっという間に

子どもができた。

でも、やはり3年という寿命は短すぎる。

最後に一匹だけ残ったハムスターが

ある日、声をかけてもゆすっても起きなかった。

祖母と母が泣きながら彼を埋める穴をほり、

(やはり、イチジクの木の下だ。)

最後のお別れになでたところ、

彼は目を覚まして、もぞもぞと動き出した。

母たちの涙がシュッと引っ込んだ。

結構驚いた。冬眠でもしていたのだろうか。


母が10歳の頃、近所に犬のペットショップが開店し

母は学校が終わると毎日のように

ウィンドウの子犬たちをのぞきに行った。

子どもの目から見ても、一目で

  この人は犬好きだ!

と確信が持てるほど

やさしい目をしたおじさんが

いつみても熱心に犬の世話をしていた。

あまりに母がしつこくせがんだのだろう、

ふたたび新しい犬が飼われることになった。

おじさんのススメでシェットランドシープドッグ

が家にやってきた。

名前は、セルティー。そのままだ。

ボクの名前がトイプーとつけられるようなものだ。

結構賢い男の子だった。

お手やオスワリ、マテ。一通りの命令を

3日で覚えて、忠実に従った。

それなのに、夏休みのある朝

突然彼はこの世を去ってしまった。

母と一緒にラジオ体操に参加して

しばらく 材木置き場で、近所の子どもたち数人と

遊んでいた。

リードを持っていた男の子が、何かの拍子に

手を離した瞬間、

道路に向かって、セルティーが走り出した。

右から一台の車が走ってくる。

遠くにいた母は、走っても間に合わない。

子どもたちの目の前で

彼は跳ね上げられ、道路に倒れた。

その場が、凍りつく。

あれだけ騒いで遊びに興じていた子どもたちが

誰一人として口をひらかない。

目を見開いたまま、一歩も動かない母。

隣に住んでいた小学1年生の男の子が

セルティーを抱き上げて母の前に横たえる。

女の子があわてて走って、祖母を呼びに行く。

どこにも怪我はなくて、ただ眠っているだけのようなのに

起き上がらない。まだ、うまれて数ヶ月しかたっていないのに。

しばらくして、祖母とペットショップのおじさんが、

家の前で立ち話をしているのを耳にした。

  そうですか。実は店から帰る途中でいつも

  お宅の前を通って、犬の様子を見ていたんです。

  ああ、幸せなんだなぁ。かわいがってもらっているなぁ。

  って、うれしく思っていたんです。

それを聞いた母は、涙が止まらなかった。自分を責めた。

セルティーのブラシに彼のうす茶色の毛が残っているのを

見つけて、ふたたび号泣した。

衝撃的な別れを体験して、その後母はどうなったのだろう。

それから後の記憶が抜け落ちていて、

本人にも 思い出すことができない。

それから10年以上、犬を飼うことは許されなかった。

しばらくどんなペットも家族になることはなかった。

メリー  
 メリーをなでる母。昭和のにおいがプンプンする。
 昔懐かしい縁側に模様の入ったすりガラス。木箱に入った積み木のおもちゃ。
 40年以上前は、こんなにも今とはちがうんだ。




























ボクが旅立ってからずいぶん時がたった。

満開だった桜は散り、庭のミモザも花時を終え

先日、庭師さんに剪定されて丸ハダカになった。


つらさや悲しみと対峙せざるをえなくなったとき、

真正面から向き合ってもがき苦しむこともできるし

できるだけ よそごと をして、重い時をやりすごし

どうにもならないときだけ、思い切り泣く

という方法もある。

どちらも時の長さは同じはずだ。

母も若い頃は、何でもかんでもそのまま引き受けて

浄化または昇華するまでとことん思いつめる

という性格だった。

さんざん悩んだ末に、自分なりの解決法が見つかると

憑物が落ちたようにスッキリした顔で

ふたたび前向きに生きることができる。

でも、今回ボクとの別れに際しては、

その方法は回避したようだ。

総人生の半分ほどを生きてきて、ふと周囲を見回すと

自分のことを心配してくれる人たちがたくさんいて

守るべき年下の子どもたちもいて

自分をコントロールするすべも自然に身についていた。

それに、ボクとの別れに限って言えば、

覚悟をする準備期間が1年近く用意されていた。

去年の春、心臓発作で倒れて以来

なんどもなんども倒れたから、

そのたびに家族は覚悟を強いられて、

東北地方の根雪のように

覚悟は家族の心の底に降り積もって

完全に溶けてしまうことはなかった。


とはいえ、容赦なく悲しみと寂しさは襲ってくるものだ。

震災や事故で、愛する人を突然失った人たちのことを考える。

その人たちのふさぎようのない心の穴の大きさを思い、うなだれる。

充分に生きた、といえぬままこの世を去らなければならなかった

たくさんの命について、思いを寄せる。

その人本人の、そして、残された人たちの。


そんなことを考えながら

母はせっせと自分の穴を埋める。

まずは、ボクの写真を部屋中に飾ること。

次に、ペットショップめぐり。友人のトイプーを抱くこと。

続いて母が没頭し始めたのは、犬の洋服を作ることだった。

もともと洋裁好きで、子どもたちの小さかった頃は

ワンピースやドレスはおおかた手作りですませていた。

ボクはオス犬だったから、

さっぱりした実用的な洋服ばかり着せられていた。

レースもフリルも必要ないから、つまらないらしく

ボクの洋服はほとんど作ってくれなかった。

ボクがいなくなって、気兼ねする必要もなくなり、

ある日女の子用の犬服を作り始めた。

次から次へと。

ワンピースが出来上がり、

バレエのチュチュのようなものが出来上がり、

季節はずれのセーターが出来上がり。

ペットショップめぐりをやめて、仕事の合間をぬって、

家にいる時間のほとんどを犬服作りに費やすようになった。

全部女の子用だ。ただし、サイズはボクにピッタリ。

にせ銀は小さすぎて、着ることはできない。

近所に住むレッドのトイプー、モップ君が呼ばれた。

男の子なのに女の子の洋服を着せられて

飼い主のIさんと、うちの家族に かわいい、かわいい、

と、もてはやされていた。

モップ君は、まだ生後5ヶ月。の、割には大きい。

生前のボクとあまり大きさは変わらない。

とっかえひっかえ服を着替えさせられて

疲れ果てたようだ。ごめんよ。

モップ正面 モップ君は男だ

モップワインクロス それなのに

モップピンクGクロス 女の子の服を

モップBG 着せられた


毎回モップ君に頼むわけにもいかないので

母の日のプレゼントとして、トイプーのトルソーが家族から贈られた。

あいにくシルバーはメーカーでも製造していないらしく

レッドのトイプーだ。

手足が自由に動くので

いろんなポーズをさせられて ボクの仏壇前に、いる。

今や大小3頭の犬が、肩を並べて

ボクの遺影を見つめている。

ぬいぐるみ

茶色い銀ちゃんと呼ばれるレッドのトイプーはボクより一回り大きくて、結局母の作る犬服は着られなかった






ボク、銀ちゃん。シルバーのトイプードル。

2012年4月5日に15歳で、この世を去り、

今は、カラダだけ骨壷におさめて

心は家族とともに生活している。


ボクを失くして心にぽっかりあいた穴ぼこを

母が埋めようとしている。


ボクが体調を崩していたこの1年。

母は、ボクを家に一人きりで残すことを

できるだけ控えていた。

午前中いっぱい、階下のアトリエでレッスンの準備をする。

ボクもベッドごと階下に運ばれて、母の足元で居眠り。

仕事が終わると、2階のリビングへ一緒にもどる。

ボクの体調がよければ、たまに友だちとお茶をする。

午後は、次女の塾の弁当作りと夕食の準備。

パソコンにむかって資料作りをしている間は

母のひざの上で猫のようにまるくなる。

ボクが夜中に起こして、寝不足が続いていたから

一緒に昼寝もした。腕枕をしてもらう。

夕方からは、毎日のように近所の子どもたちがやってくる。

お裁縫や国語を教える。

  あれ、何の音?  子どもたちがたずねる。

ボクのセキが聞こえたらしい。

母は、ボクが老犬で心臓の悪いことを説明する。


体調が悪い割には食欲旺盛で

ボクは 1日に6回ぐらい手作りご飯を食べていた。

母はボクのご飯ばかり作っていたような気がする。


そんな毎日だったから、

家族もいなくてボクもいない

月曜日から金曜日までを 母は持て余しそうになる。

ボクはひざの上にいない。

昼寝も腕枕もいらない。

ボクがご飯をせがまない。

家事と仕事をもくもくと片付ける。

ボクの姿のないリビングにはいられない。


空白の時間には、外へ出かける。

生前と同じようにボクに声をかけてから。

  銀ちゃん、ちょっと出かけてくるね。いい子で待っててね。

  ハイ。ワカリマシタ。でも、こっそりついて行く。

ペットショップをめぐり、ウィンドウにはりついて

トイプードルの子犬をじっと見つめる母に

店員さんが声をかける。

もう、ボクが待っていないから 子犬を抱かせてもらう。

ぬくもりと重さをたしかめて、

目をつむって、ボクのことを思い出す。

自分でも意外に思っているみたいだ。

他の犬を見ると、つらくなるのかと思っていたけれど、

母の場合は、逆だった。

ボクを抱いていたリアルな感触が、母を落ち着かせる。

友だちがトイプードルをつれて、家に寄ってくれる。

抱かせてもらって頬をよせる。

ボクにしていたように。


そうそう、その調子。

他の犬のぬくもりをかりて

気持ちを立て直すんだ。


ペットショップに通いつめて

シルバーのトイプーをなくしたお客さんとして

覚えられてしまった母。

子犬にストレスを与えるから、と抱くことを控えていたけれど

今だけは許してもらう。

Lさんの忠告どおり、我慢しない。頑張らない。

なかなか飼い主が決まらず、2週続けて店に残る子犬がいると

母はそのコの行く末を心配する。

次に行ったときにその子犬のケージが空になっていると

ひそかに安心する。

今では、ショップの店員さんのような気分だ。

どうせ毎日来るのだから、

ペットショップで働いたほうが 良いのではないかとさえ思えてくる。  

店員さんにそういうと

   間違いないです。

と言われていた。


こうして母は繕いものをするように 穴をうめる。

少しずつ、少しずつ、心にあいた穴が小さくなる。


H動物病院のセンセイは

   昨年のあの状態からよくここまで頑張った。

と、ほめてくれた。

生保レディのKさんが、ボクのために

かわいい花束を持ってきてくれる。

Oさんが母のペットショップめぐりにつき合ってくれる。

みんながお線香をあげに、たちよってくれる。

ブログで知り合った人たちが、あったかいコメントを残してくれる。


こうして、一日一日が過ぎてゆく。

永遠に時が止まってしまったかのように思えたあの日。

時間がかたつむりの歩みのごとくノロノロとしかすすまなかった。

今では、ひとりきりでボクのビデオを見ることもできる。

人ってありがたい。


オカアサン、会えないのは寂しいけれど

家族に笑顔がこぼれると

ボクは安心するよ。

みんなの笑い声が聞こえると

ボクも幸せな気持ちでいっぱいになるよ。

穴を埋める 歳をとっても、オスワリ ぐらいはできた





















今日は月曜日。楽しみにしていた次女の入学式。

昨日と同じように、ボクのごはんのしたくがすすむ。

おにぎり、お水、お線香。

そして、抱きしめる。頬を押しつける。


父も参加するようだ。会社、休みすぎじゃないかな。

長女も、同じ学校だから出席させられる。

満開の桜。心地よい風。春の香りがする。

家族みんなで自転車にまたがり、

長女の通いなれた道を彼女を先頭に出発。

ボクは空の上から見守る。

笑顔の家族を見るのは久しぶりだ。

緊張している次女の顔が見える。

新入生に間違えられた長女はふくれっつら。


明日から、父は会社へ行き、

子どもたちは学校へ通う。

子どもたちは、新しい環境の中

自分の居場所をみつけるべく、心はいそがしくなる。

ボクのことを考えて沈みこむヒマはなくなる。

母は、仕事はあるけれど、たいていは夕方だけだ。

家族のいない残りの時間は、

今までボクとともに過してきた。

人生の3分の1を、ボクと一緒に生きてきた。


母はまだ、ときおり思い出したように号泣する。

キャベツを刻んでは、銀ちゃんがのぞきに来ない、と泣く。

父が、にせ銀をキッチンに立つ母の足元に置く。

ボクが生前していたように。

ソファにこしかけ、銀ちゃんが抱いてくれとせがまない、と泣く。

長女が、にせ銀を持ってかけつける。

  お母さん、そんなに泣いてたら、銀が天国にいけないよ。という。

足長バチが部屋に入り込む。

銀ちゃんの生まれ変わりかも知れない、と母がいう。

  お母さんがハチ嫌いなこと銀は知ってるから、ありえない。

と、長女が否定する。そうだよ。ボクはハチになってないよ。

次女は、平静を保つ。寂しさを心の奥深くに押し込める。


父と子どもたちが、それぞれの日常をとり戻した朝。

ひとり家で家事をしている母が、

階下の洗面所から ボクのいたリビングへかけ上がって来た。

  銀ちゃん?

ハイ。ここにいるけど。

幻聴だ。ボクはないていない。

ボクが頻繁に発作に見舞われていた頃、

母はリビングを離れるときは、

いつも耳だけリビングにおいてくるような気持ちで

生活していた。

少しでもボクがないたり、

フローリングにあたるつめの音が乱れたりすると、

猛ダッシュで階段をかけ上がって来た。

たとえ深夜でも。明け方でも。

近所の人と玄関で立ち話をしていても。

アンテナはいつもボクの方を向いていた。

おかげで何度も救われた。


夜中、ぐっすり眠っていたはずの母が、目を覚ます。

みんな寝静まり、物音ひとつしない暗闇で

うつろな母の目が泳ぐ。何かを探すように。

ボクがおやつのガムをひっぱっている感触がした、らしい。

右手の指先を見つめている。

そうだね。ボクがガムをくわえて、

おかあさんがはしっこを持って、

二人でひっぱりあいっこしたね。

そんな何気ないなずの感触が、今になって、

おかあさんを眠りから呼び起こしてしまうなんて。

オカアサン。ボクは初めて涙を流すよ。

そんなおかあさんが心配で。もう少し頑張れたらよかったのにって。

銀ちゃんに会いたい。

銀ちゃんを抱きしめたい。

もう一回だけでいいから、銀ちゃんをこの手にとり戻したい。

子どものように泣くおかあさんをみていると、ボクもせつなくなるよ。

ホントに長い時を二人で過したね。

それなのに、あるときを境に引き受けなくてはならない

ボクのいない空白の時間。

ボクの姿の見えない空白の場所。

ボクはここにいるけれど、

おかあさんのひざにとびのることはできない。

ほおを伝うその涙を、なめることもできない。

ボクも涙を流す。思い残すことはないはずなのに。


今のおかあさんは、波間にゆれる小船のようだ。

凪の間は大丈夫。でも、大きな波が来くるときもある。

そんな時は、抵抗しないで、波に身をまかせるんだ。

安心して。ムリをしないで。

いつか岸にたどりつく。

ボクが、安全な場所まできっと導いてあげる。

心配する銀








骨壷におさまり、二日目。日曜日の朝をむかえる。

にせ銀 を仏壇前のお座布団にすわらせ

母がボクの骨壷を抱いて頬をすりよせて、おはよう と言う。

ボクの重さを確かめるように、ギュっと抱きしめる。

いつものおにぎりを作ってくれる。

薬はいれなくていいかな。と母が父に相談している。

花瓶の水が取り替えられ、ボクのお皿に

あたらしい水とドライフードが入れられる。

おとうさんがお線香に火をつける。


子どもたちがピアノのレッスンにでかけた。

長女がピアノの先生にボクの旅立ちを報告している。

先生は一瞬絶句して、自分の実家にいた柴犬の話をしてくれた。

  メチャクチャ臆病者だったそのコは、カミナリがとどろくある日

  ダーッと脱走して、二度と戻らなかったそうだ。

  実家のお母さんは悲嘆にくれたが、次に実家に帰ったとき

  ちゃんと新しい仲間が迎えられていた。

  そのコは、先生の足を自分から踏んだくせに

  キャンキャン とないて

  先生が足を踏んだように見せかけて

  先生がお母さんに叱られるハメになったそうだ。

そうそう、ぼくも片足をひきずるフリをしばらく続けたことがある。

両親が、幼かった子どもたちにかかりきりで 寂しい思いをしたとき。

引越しの後、家中バタバタと忙しくてつまらなかったときも

もういちど 足をひきずってみたが、

すぐにばれたので、その日のうちにやめた。

ボクを診察したセンセイが、両親に話すのを聞いた。

  このコ、自分のこと犬だと思っていませんよ。

そんなことはない。ボクは犬だ。

母が大きな鏡の前で、ボクを抱いてよく言い聞かせていた。

  銀ちゃん、見てごらん。銀ちゃんとお母さんは違うでしょ。

  銀ちゃん、下の歯が見えちゃうねぇ。

  銀ちゃん、犬だねえ。

ボクが顔をそむけても、グイッと角度を変えてボクの顔をうつしていた。

もう、わかったってば。ボクは犬だよ。


今日の午後は、家族写真の撮影のため写真スタジオへ行く日だ。

ボクも一緒に写真におさまるはずだったが、間に合わなかった。

大きく引き伸ばしたボクの写真を、母が用意している。


母は、髪をカットしに行くようだ。

気が進まないが、予約してあるので仕方ない。

相手にも予定があるからと、ドタキャンはしない。

母のいくこぢんまりしたヘアサロンには

いつもミニチュアダックスがいる。

髪を切ってもらいながら、母はボクのことを話している。

DirectorのOさんも、やはり一瞬絶句。

おもむろに、自分の体験を語り始める。

 忙しい毎日をおくっていたけれど、ある日休みがとれた。
 
 そのたった一日の休日に、愛犬が旅立ったと。

 きっと、犬たちは、別れの日をちゃんと決めてるんだと。

帰り際、母はミニチュアダックスをなでさせてもらう。

今までは、ボクが家に待っているから、

母はよそのコにあまりふれなかった。


さてと、写真スタジオに行く時間だ。

ちょっとした空白の時間に、涙を流すから

みんなはれぼったい目をしている。

通りすがりの動物病院を見て、母は涙ぐむ。

母は泣くたびに化粧もなおさなくてはならないし、大変だ。

さぁ、気持ちを切り替えて。

受付で確認。

   入学記念撮影で、ワンちゃんもご一緒ということで。
  
   スミマセン。犬は3日前に死んでしまって。写真を一緒にお願いします。

ここでも、絶句。

なにはともあれ、無事に撮影終了。

次女の主役の座を奪い、ボクが真ん中に。

ゴメンネ。

銀家族写真

ボクの写真が小さすぎたとくやんでいた
みんな、笑顔がかたいなぁ









ボク、銀ちゃん。シルバーのトイプー。

カラダはもうこの世にないけれど、今は

住み慣れたリビングに居場所をつくってもらい

家族を見守る。

身にまとっていたカラをぬぎすてたように

さなぎが蝶に生まれ変わったように

身軽で爽快な気分だ。

意外と悪くない。

咳もでないし、心臓の調子もいい。


さて、今日は土曜日。学校も仕事もお休みで

家族がそろってリビングにいる。


ボクが最後に着ていた 空色のセーター。

みんながそのにおいをかいでいる。

父と子どもたちは 「うっ。くさい。」  ストレートな表現だ。

たしかに。おもらししたからね。

母はそのにおいさえなつかしいと、また涙。

ボクのブラシ、クシ、耳掃除のピンセット、ヒゲを切るハサミ

リードにおもちゃ。「銀ちゃんセット」一揃いが仏壇に供えられる。

母は迷いながらも、シリンジとボクのスプーン、お薬

ニトログリセリンのスプレー、動物病院の診察券まで並べる。

おかあさん、そこまで必要ないよ。

でも、用心深い母だから。


ここ数日、ひまさえあればボクを抱いていた母は

精神的だけでなく物理的な喪失感にもさいなまれ

不眠気味だ。ボクの体重3.6kgぶんの重みは結構大きい。

大きな穴がぽっかりとあいたようで、その穴に吸い込まれそうになる。

キャリーバッグを買ったときにオマケでついてきた

ぼくより一回り小さい犬のぬいぐるみに

シルバーのショールを巻きつけて、抱きしめている。


家族みんなが 「あー。銀ちゃん。」 と奪い合う。

父がいちばんしつこく頬をすりよせる。

次女は、クールだ。

長女がショールをきれいに巻きなおして、ボクのグレーの洋服を着せる。

フードをかぶせ、耳を形作ったら、驚きだ。

後ろから見たら ボクにそっくり。

彼女の美術と家庭科の成績は、抜群だ。主要科目ではないけれど、

こんなときには役にたつ。

その にせ銀ちゃん をボクが寝ていた場所に置いてみる。

晩年日中をほとんど寝て過していたため、 にせ銀ちゃんでも

ある程度はボクの身代わりになれる。後姿だけなら。

だって ボクはトイプー。 にせ銀はフレンチブル。

みんな正面からは見ないように苦心している。

母は にせ銀の鼻をつまんで引っ張っている。ムリだよ・・・。


リビングの片隅にこっそりしている にせ銀ちゃんが

視界をちょこっとかすめるたびに、みんなが小さく飛びあがる。

「ビックリした。銀ちゃんかと思った。」

そして、 にせ銀を抱きしめる。


母がモーレツな勢いで、ボクの写真を部屋中に飾り始める。

家のどこにいても、ボクの姿が目に入る。お風呂場以外は。

赤ちゃんのボク。少年のボク。成年のボク。壮年のボク。老年のボク。

せっせとボクの写真を引き伸ばしてはプリントアウトしている。

せっせと心の穴を埋めようとする。


ボクがお骨になって、初めての夜が訪れようとしている。

母はにせ銀に腕枕をして、なんとか眠りについたようだ。

いつもたいてい夜中の3時ごろにボクがトイレに行きたくなって

おかあさんを起こしていたから、

ボクはいなくても、その習慣が母を起こす。

今日はぐっすり朝まで眠れるといいね。

ボクも眠るよ。オヤスミ。

にせ銀

にせ銀がボクの仏壇の前に いつもいる
子どもたちが赤ちゃんのときに祖母からもらった子犬のぬいぐるみがよりそう

 







午前9時半。

ボクの火葬が済んだことを 霊園の人が電話で伝えている。

父と母がボクのお骨を引き取りに来てくれた。

お骨の確認。

ボクのおでこの形がきれいに残っている。

おとうさんが嗚咽をもらす。

どんなときにも冷静で めったに涙を見せないおとうさんが泣いている。

おかあさんはボクの下あごに残る歯を見つける。

銀ちゃん。とつぶやく。

とめどなく流れる涙。


今日も霊園には、虹の橋を目指す仲間が訪れている。

ラブラドールとスタンダードプードルが

それぞれの家族とともにお葬式に参列している。


とってもとっても小さくなってしまったボクの体。

お母さんの両手の中にすっぽりとおさまって

ひざに抱かれて車に揺られる。

銀ちゃん、見て。桜が満開だよ。

本当だ。きれいな桜並木。

今年の桜を見るまでは、お別れしてはいけない。

そう約束していたね。


さぁ。なつかしい我が家に帰ってきた。

ボクのベッドの場所にボクの祭壇が準備されている。

Lさんからお花が届く。

母が、お礼の電話をかけている。

絶対に我慢してはいけないし、頑張ってもいけない。

と、Lさんは母に伝える。

お悔やみメールも届く。Oさんは

何度倒れても大丈夫だったボクのことを

不死身だと思っていたらしい。

でも、みんなが言う。

銀ちゃんは、幸せだったと。

次女のために、一生懸命頑張ったと。

天寿を全うしたんだと。

そして、家族に見守られて旅立てるよう

ちゃんと、そのときを選んだのだと。

みんな、ありがとう。

みんな、ボクのことをわかってくれていた。

ホントにそうなんだ。

おかあさんの仕事が終わって、

子どもたちが春休みで、

おねえちゃんの部活が休みなのは

4月5日の午後だけだったんだもの。


しばらくは今までどおり このリビングで

家族とともに過すつもりだ。




Lさんとも別れ、動物霊園へと向かう。

母のひざの上、やさしくなでてくれるから 安心する。


ボクの葬儀について、霊園の人と話し合っている。

一人だけの火葬は寂しいのだろうか。

他の子たちと一緒のほうが 仲間がいて安心するのだろうか。

なかなか決められない。

銀ちゃんだけのお骨がいい。と泣く長女の思いを尊重して

個別葬となる。

ボクはどちらでも。

別れかたは、残されたものの気持ちしだいだ。

できるだけ悲しみが和らぐように、悔いを残さなくてすむように。


ボクの葬儀が始まった。

お坊さんが読経してくれる。

家族がひとりひとり お焼香をする。

最後のお別れに お棺の中にお花をいれてくれる。

もう入りきらないほど、たくさんの花に埋もれている。

おかあさんが最後のキスをする。

毎日毎日ぼくのおでこにふれていた。

だっこしてはキスをして

ひざにのせてはキスをして

寝ているボクをみつけてはキスをして

いつもいつも ボクのにおいをかいでいた。

みんながボクをなでる。

涙をいっぱい流しながら。

銀ちゃん、バイバイ。と母がお棺のフタを閉める。

霊園の人にあいさつをしている。

遠ざかる家族の足音。

サヨナラ。


暗闇の中、ぼくは考える。

いよいよ明日は、15年間慣れ親しんだ

このボクの体ともお別れだ。

シルバーの毛。白髪が増えて、量もかなり減った。

アンダーショットの口。正面から見ると下の歯が並んで見える。

下の前歯は、実は1本足りない。

肉球。地面につく部分だけはところどころピンク色だ。

今はかたく閉じている目。よくほめられた。

ぬいぐるみを抱きしめている前あし。

甘えるときに カリカリしてボクの気持ちを家族に伝えていた。

今夜は、ゆっくり眠ろう。

明日の朝、お骨になったらまた家族が会いに来てくれる。




ネストテーブルに白いテーブルクロスをかけて

ボクのお通夜の準備をする。

若かりし頃のボクが写真たてにおさまる。

首輪がはずされ、きれいにブラッシングしてもらい

いちばん似合うといわれていた フードにファーのついた

黒い服を着て 横たわるボク。

お線香とユリの香りに包まれる。

ガラスポットの中でアロマキャンドルの灯がゆれている。

肉球はやわらかいよ。とみんながボクと握手する。

一人でリビングに寝かせるのはかわいそう。と

いつもと同じように、寝室にボクを連れて行ってくれる。

京都のおばあちゃんから お悔やみのメールが母に届く。

今夜はあなたにとってつらい夜になりますね。

祖母は2年前に桃ちゃんを看取った。

母の気持ちは 痛いほどわかっている。


翌朝、長女の始業式。今日から中学2年生だね。

去年の春には 長すぎたスカートの丈がちょうど膝丈になっている。


いつもと同じように、父がリビングにボクを運んでくれる。

午前中だけ会社に行って、午後には

ボクのお葬式のために帰ってきてくれる。


ママ友のHサンがカサブランカの花を手に

Kクンを連れてボクに会いに来てくれた。

初めてあった時のKクンは赤ちゃんだったのに

この4月には5年生だ。

生前は怒りっぽいボクをなでることはできなかったけれど

今日はたくさんたくさんなでてくれた。

おっきな目に涙を浮かべて、

よくがんばったね。と言ってくれる。


父と長女が帰宅し、お寺へいく用意だ。

たくさんのおやつとフードとボクのぬいぐるみに

かこまれる。

家族写真と4人がそれぞれ書いてくれた手紙も

しっかり持った。

花に埋もれて、ボクがみえなくなりそうだ。

春だというのに、今年は肌寒い日が続いている。

ボクの愛用のダウンジャケットを母がバッグにつめている。


次女も制服に着替える。

入学式は3日後なのに、ボクのお葬式のために

初めて制服を着ることになった。

去年のお姉ちゃんとそっくりだ。

大きすぎるジャケットに長めのスカート。

来年の今頃には、ぴったりのサイズになるだろう。

ボクがみられないのは、残念だ。

庭の満開のミモザの下で 家族と一緒に

最後の記念写真を撮る。

さぁ、なつかしい我が家ともお別れだ。


お寺へ行く途中、大好きなトリマーのLサンのお店に寄る。

初めてボクの旅立ちを知ったLサンはとても驚く。

3月に会ったときはあんなに元気だったのに...

おこりんぼに会えなくなるなんて、寂しくなるよ...

子どもみたいに純真で無垢な瞳から 大粒の涙が

いくつもいくつもこぼれ落ちる。

赤ちゃんのときから、ずっとボクをきれいにしてくれた

Lさんの手のにおいがする。

ミモザ満開  満開のミモザ 見納めだ









別れは、突然だ。その瞬間はわからない。

でも、虚空を見つめたままのボクの瞳をみて

母はボクの旅立ちをさとる。

ビックリ症でこわがりで心配性で用心深いお母さん。

だから、母が一人でいるときに旅立つことだけは避けようと思っていた。

子どもたちが一緒にいれば、母はしっかりするはずだ。

自分より、弱い立場のものがいるときは、母は頑張れる。

とっさに母は、リビングの掛け時計を見る。

ボクの最後のときを 時間と共に心に刻みつけようとする。

4時ちょっと過ぎ。何分かは理解できない。

目に映る時計の針が読めない。気持ちが混乱している。


ボクのからだを家族の腕の中にのこしたまま、ボクの心は家族を見守る。

そんなに泣かないで。ボクはまだここにいるよ。

長女がボクをはなそうとしない。

次女は泣きながら、毛布をかぶってソファの上でまるくなる。

過度のストレスに耐え切れなくなると、次女は頭痛が始まり、本当に眠ってしまう。

汗をかいて硬く目を閉じて、次女は眠ろうとする。

母が父に電話をする。

銀ちゃんが死んじゃった。

いっぱいご飯食べて、おりこうだった。と泣きながら伝える。

トイレからリビングへとつづく ボクのおもらしのあとを見つけて

銀ちゃん、最後におもらししてる。とさらに泣く。


長女はまだボクをはなさない。

お父さんがかわいそう。と泣きじゃくる。

あったかいままのボクを父に抱かせてあげたいと、

ボクをあたためつづける。

ありがとう。ほんとうにやさしい子だ。

次女は、眠り続ける。熱までだして。

母はタオルをあたためて、ボクをきれいに拭いてくれる。

母は悲しみと向き合うことを恐れている。

ちゃんと目を閉じてあげなくちゃ。

早く手足をまげてあげなくちゃ。

ちゃんとお葬式をしなくちゃ。いろいろ考えて悲しみをやり過ごそうとする。

そして、花を買いにいかなくちゃ、と思い立つ。

玄関をでたところで、会社から急いで帰宅した父とでくわす。

電話をしてから一時間しかたっていない。

急用ができた、と大急ぎで帰宅してくれたお父さん。


母は、ユリとグラジオラスとカーネーションを一抱え買ってくる。

オレンジと黄色とピンクの濃淡。ボクが元気に見える色を選ぶ。


父はお出かけ着に着替えさせてくれた。

伸びていた口の周りの毛をきれいにカットしてくれた。

 晩年、とても怒りっぽくなっていたボクは

 Lサンにも口の周りを触らせなかった。

 トリミングから帰宅すると

 口の回り以外がきれいにカットされているボクは

 シュモクザメみたいだと笑われたものだ。

 目やにをとられるだけでもうなり声をあげた。

 一昨日病院へ行ったとき、元気のないボクは

 おとなしくセンセイに目やにをとってもらった。

 怒らないボクをみてみんな心配していた。


次女も起こされた。

みんなでもう一度、ボクを抱きしめる。

小麦色の布張りの箱に、ボクのベッドを敷いて

子どもたちのタオルケットと父のTシャツにくるまれて

ボクのからだは寝かされた。




















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