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もうすぐ6月が終わる。

今現在、名古屋は30度。暑いなぁ・・・

雪ちゃんは、クレートからはい出して、

サークルのタオルケットの上で、寝てばかりだ。

こんな暑い日には、夏休みをなつかしく思いだす。


子どもたちが小学生だった頃、

母は子どもたちに、夏休みの日記を書くことを

義務づけていた。

別に学校の宿題で何が何でも書かなくてはいけない

というものではなかったけれど、

「国語は大切!」という母の持論に従い

毎年毎年、子供たちは日記を書いていた。


以前にもお話したと思うが (5/20のブログです)

次女は口数は少ないほうで、感情をあまり表に出さない。

何かを伝えるときにも、言い間違えが多かったり

表現がちょっとずれているコトもあり、

真意がなかなか人に伝わらない。

でも、着眼点がユニークで

ボクにとって、彼女の話はとても面白く感じられた。

それは母にとっても同じだったようで、

今、母は次女の昔の夏休み日記をひっぱりだしてきて

ページをめくっては、一人で笑っている。

雪ちゃんはお昼寝中。

仕事も午前中で終わり、夕飯の支度までまだ間がある。


日記のほかに新聞のスクラップブックや川柳なんかもある。

小学校の3年生から5年生までのものだ。

しばし、みなさんも一緒にお楽しみ下さい。


日記

次女のくだらない日記に、担任の先生はいちいちコメントを書いてくださった。
小学校の先生って、大変だ。でも、先生のコメントも結構オモシロイ。
そちらも合わせてどうぞ。



 7月31日

  ラジオ体操が終わってから、公園の地球儀で遊びました。

  もし、ぶら下がっていなければ、10秒で終わってしまいます。

  地球儀をやめて、ドロケイをしました。

  警察が来て、いつもラジオ体操に来る黄色い服を着た

  あやしげな男の人のことをみんなに聞いていました。

  〔先生のコメント ・ んん?怪しげな人がいつもいるのかな?〕



 8月7日

  今日、みなみちゃんという おねえちゃんの友だちの

  バレエの発表会を見に行きました。

  でも、わたしは本人に会ったことがないので、

  だれが みなみちゃんという子 かわかりませんでした。

  けっきょく、みなみちゃんがわからないまま帰りました。

  〔先生のコメント ・ みなみちゃんは上手に踊れたのかな?〕



 8月9日

  今日、おじいちゃんとおばあちゃんが来ました。
  
  おじいちゃんとおばあちゃんは、私の家の犬「銀」に

  似ている犬「桃」を飼っています。

  銀はいつも、桃のおしりのにおいをかぎます。

  なので、桃は銀の首をかもうとします。

  〔先生のコメント ・ 銀と桃は仲良しなのかな?〕

 

 8月10日

  今日はラジオ体操の最終日でした。

  おばあちゃんと犬の桃もついてきてくれました。

  そして体操が終わったら、賞品がもらえました。

  おばあちゃんも初めて来たけれど、もらっていました。

  あまった賞品は来年に回すそうです。

  〔先生のコメント ・ 一回出ただけでもらえるとは、お得でしたね!〕




俳句・川柳

5年生の夏休みは、塾の夏期講習期間も長くなり、日記を書く時間もなくなったらしい。
俳句や川柳でその日の印象的な出来事をテキトーにまとめている。
その割には、勉強以外のネタが多い。


 7月22日

  本屋さん 立ち読みしてた 三時間



 7月23日

  プリントを 二時間やって 二枚だけ



 8月5日

  ピアノの日 自信なくして ビクビクし

  音がつっかえ さらにビクビク



 8月8日 
 
  父さんが 好きなところに 連れてくと

  言ったけれども なぜかAEON

  (イオンは毎週行く近所のショッピングセンターです)



 8月14日
 
  お姉ちゃん クレーンゲームで まとはずれ

  しぶしぶ私に 景品たくす






新聞記事のスクラップと感想

興味のある記事を切り抜いて、自分なりの感想を書き込んである。
それにしても、なぜ横領だの泥棒だのに興味を持つのか、そこが不思議である。


《〇〇テクニカ社員が1億円横領、解雇》 という記事の感想

  この社員はなぜこんなことをしたのでしょうか?

  わたしだったら、やりません。

  ましてや遊ぶためなんて・・・

  子供の教育費が足りない、だとか

  四苦八苦、だとかだったら

  「まぁ、ちょっと・・・」と思うかもしれません。

  ところで、この社員はどうやって1億円を
 
  手に入れたのでしょうか?



《夏の夜を彩る流星群・12~14日にピーク》 という記事の感想

  前に一度見逃したので、今回のこのチャンスは逃せません。

  そう京都で思っているうちに、流星群の見える日は過ぎてしまい、

  またもやチャンスを逃してしまった。



《ナシ泥棒相次ぐ・一度に240個被害も》 という記事の感想

  わたしがナゾに思うのは、なぜ240個も盗んだのか?

  ということだ。

  一人や二人では、食べきれる量ではない・・・

  急に店を建て始めても、変に思われる。

  仮に、「このナシはどこでとれたの?」

  と聞かれたら、盗んだ人はこう答えるだろう・・・

  ・・・そこで、盗んだ人はあわてふためく。

  ・・・客は不思議に思う。首をかしげる。

  ・・・国外で売ったらどうだろう?きっともうかるにちがいない。

  ・・・これは、例外だ。考えられるのはあとひとつ・・・

  ・・・パーティーにだすのだ。 しかし ―

 
     ― 以下2ページにわたり、延々と物語風に話は続く。

  ・・・そうして、ばれるのだった。

  今考えてみると、どれもこれもあり得ないことだ。

  きっと、今どろぼうは逃げ回っているにちがいない。





あやね日記1

あやね日記2
ナシを風呂敷に包んで背負い、軽い足取りで夜道を楽しげに走る泥棒の挿絵つき。
すぐ後ろに 恋人だろうか、ナシ泥棒を追う若い女性と なぜか猫が一匹描かれていた。
近くにナシ畑があるとは思えない、異国情緒漂う街の風景だ。

   


みなさん、長々とお付き合いありがとうございました。





今日の雪ちゃん

コング遊んで たくさん遊んで



あくび 疲れたら


眠る お昼寝します

 
 

  


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今回雪ちゃんを迎えるにあたって、

新しく用意したものは以下のとおり。


  □ ペットボトル給水器 

    ボクの使っていたものが残してあるが、壊れかけていたので。

  □ スリッカーとピンブラシ

    ボクの毛が残っている古いのは、遺品として残す。

  □ バリカン

    ボクのは刃こぼれあり。

  □ 歯磨き用品一式

    ボクは歯を磨かれそうになると、歯をむいて怒っていた・・・スミマセン。

  □ サークル

    ボクのは、子どもたちが赤ちゃんだったときに使用していたストーブガードだ。
    雪ちゃんは小さすぎて、下のスキマから自由に出入りしてしまう。

  □ 新しいおもちゃとぬいぐるみ

    子どもたちが、シナモンとモカのぬいぐるみを一体ずつ提供

  □ 消毒スプレーと除菌ウエットティッシュ

  □ ふかふかベッド

    ボクのベッドはお棺の底に敷いてその上にボクが横たわったので
    まったく同じものを再び購入。

  □ 滑り止めのタイルカーペット

    ボクが使用していた8枚では、子犬が走り回るには狭すぎる。
    もう8枚追加。


以上の品は、日曜日の午前中に、急遽 父と母がペットショップに出かけて

購入した品々である。

金曜日に雪ちゃんを見つけて、土曜日に飼うことを決め、

日曜日の午後には雪ちゃんを引き取るというハイスピードで

コトがすすんだため、

思いつくものを、次々と用意していった。


日曜日の朝、父と母は それはそれは嬉しそうに買い物をしていた。

長女がお腹で順調に育ち、安定期を迎えて

赤ちゃん専門店で、新生児用の産着や哺乳瓶やお布団を

準備したときを思い出させる。

  新しい子犬を迎えるんです!

周囲を歩く見知らぬ人々にそう告げて、

  おめでとう!

と、みんなから祝福してもらいたいような気分だ。


ボクを失ったコトに付随して、思わぬ寂しさを母にもたらしたのは

犬用品を買う必要がなくなったという事実だった。

普段よく行く大手スーパーの食料品売り場。

そこの一角にあるペットコーナーで、いつもボクのおやつを買っていた。

スーパーに行くたびに、いやでも目に入る。

買うつもりもないのに、ガムやジャーキーを手にとってしまう。

それらの品々を何気なく買い物カゴに放り込む人たちが

うらやましくて、ちょっとした疎外感・・・


それが、どうだろう。

今日は堂々と買い物することを許される。

これまでの鬱屈した気持ちが爆発したように

余計なものまで買い込んでいる。

 
 □ トイプードルの飼い方


オカアサン!! 15年間もトイプードルと暮らしてきたくせに

今さらその本ですか?

これには、父と子どもたちもあきれていた。

まぁ、これがいちばん母らしい買い物とも言える。



つめきり、小さなハサミ、トイレシート、コーム はボクのお下がりだ。

エサ入れは、毎日お水を取り替えてもらってそのままボクが使っていたけれど

雪ちゃんに譲ることにした。

ボクには母が吉祥寺で買ってきてくれた仏様用の器がある。


ボクの祭壇が片付けられて、母のお気に入りのチェストの上に

ひとまわり小さな仏壇コーナーが作られた。

ボクのベッドが置いてあった場所に、雪ちゃんのサークルが設置される。

リビングから階段へ続く境目のところに、ふたたび柵が置かれた。


フローリングを雑巾で拭いている母の手が、一瞬止まる。

ボクがおもらしをしたときに残った小さなまあるいシミ。

オカアサン、思いきって拭いちゃいなよ。

新しい子犬のために、床をきれいに磨き上げて迎えてあげようよ。

2ヵ月半もの間、迷い続けて、どうしても拭くことのできなかった

ボクの残した思い出のシミ。

  銀ちゃん・・・

とつぶやいてから、母が大きく息を吸い込み、右手の雑巾でひとなでした。

あっけなくボクの残したシミは消えた。

でも、大丈夫。

思い出は、色あせることなくいつまでも心に残っているんだから。





仏壇
コンパクトにまとめられたボクのお仏壇
雪ちゃんのサークルと向かい合う位置にある



ぬいぐるみ
ボクを見守っていたあの3頭の犬たちは・・・


ヘタレ犬避難
ヘタレ犬は くまのプーさんと共に、高台へ避難


茶銀と向かい合う1
茶色い銀ちゃんは、雪ちゃんの教育係

多頭飼い
にせ銀も一緒に、多頭飼いごっこ




お散歩拒否
初めて お外に連れ出されて、お散歩拒否の雪ちゃん


シナモンモカ
でも、家の中では 子どもたちにもらった
シナモンの目の周りに青あざをつくり、モカの髪飾りを食いちぎった


ウインク
うちの子になって、10日
雪ちゃん、元気に育っています!










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先週の金曜日、雪ちゃんが2回目のワクチンを接種した。

ボクがお世話になった、あの「ひがしやま動物病院」。

母が病院を訪れるのは、2ヵ月半ぶりだ。


雪ちゃんを連れて、病院の入り口を入ると

なつかしい看護師さんの笑顔に会えた。

おだやかで、いつもやさしい笑みを浮かべて、

病気のボクと家族を安心させてくれた。

  その節はありがとうございました。

  これからは、雪ちゃんがお世話になります。



雪ちゃんは、午前中の最後の患者さんだった。

母の苗字が呼ばれる。

真っ白い清潔なスライドドアがあいて、

あぁ、なつかしい、センセイの笑顔がのぞく!!


  ごぶさたしています、またお世話になります。

  新しい家族を迎えられて、また、来てくれてホント嬉しいです。

  今度の子は、おとなしいですよ~



だって。うーん、反論の余地はない。

センセイ、雪ちゃんに卵ボーロを差し出す。

ボクにしていたのと同じように。

緊張しきっている雪ちゃんは、口をあけない。


  いらない?銀ちゃんは食べたよ。

 
センセイ、雪ちゃんはオヤツなしでもいうこと聞きますよ。

ボクとちがって。

注射をうっても、身じろぎもしない雪ちゃん。エライぞ。

診察台の上では震えていたけれど、

大丈夫 大丈夫。センセイはとってもやさしい人だから。


ここのセンセイには、本当にお世話になった。

最後の最後まで。

別の病院で、ボクの薬がどんどん増えていって薬代が大変になったとき

トリマーさんがセンセイを紹介してくれた。

話し合いの末、必要最低限のお薬におさえてくれたのはセンセイだ。

(・・・雪ちゃんは、ペット保険に加入した)

一年前、心臓発作を繰り返すボクを救ってくれた。

いろんな可能性を考えて、薬を処方してくれた。

いつもていねいに説明をしてくれた。

人工の心臓弁があることも教えてくれた。

ボクの病状についてゆっくり考えて、夜遅くに電話をくれたこともある。

そんなこんなで、ボクは1年生き延びた。


なかでも一番ありがたかったのは、

ボクの最後をどのように迎えるかを、家族に選ばせてくれたことだ。

  
  容態が悪化したとき、入院させる

     →  最後に立ち会えない可能性がかなり高い

  入院はしないで、家で面倒をみる

     →  最後を看取ることができるかもしれない



家族は、後者を選んだ。センセイも賛成してくれた。

ボクは高齢だったし、ボクと家族の付きあい方をみると、それがいいといってくれた。

そのことを、ボクたちはとても感謝している。



結局のところ、獣医師に求められるのは人間性じゃないだろうか。

もちろん、知識や技術があっての上での話しだけれど。

高度医療や最先端技術が必要な場合も、もちろんある。

でも、動物の場合は人間と違って、病理解剖はしないだろうし、

ボクのような場合は、直接の死因なんてハッキリわからない。

倒れ方からみて、おそらく心臓発作だろうとか、

肝臓やら、腎臓やらも

加齢とお薬の副作用で悪くなるのもわかっていたし、

そのせいで食欲がなくなり、体力も落ちていたし・・・

そんな状況を 飼い主がまるごと受止めて

納得できるまで付き合ってくれたセンセイは、

やっぱり すばらしいセンセイだと思う。

そして、ボクが息をひきとったことを 母が電話で告げたときも、

センセイや看護師さんたちが 心からボクとの別れを惜しんでくれている、と

母は思うことができた。

それが、どんなにボクと家族の悲しみを癒してくれたことか。

飼い主が獣医師と心でつながれること、これはとても大事なことだと思う。




センセイ初めて センセイのいきなりタコチューに、雪ちゃんタジタジ。


  「ひがしやま動物病院のブログ」 に雪ちゃんがでています。





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みなさんの名前には、どんな意味がありますか?

きっと、ご両親が愛する我が子の幸せを願い

頭をひねり、愛情を込めて、素敵な名前を考えてくれたことと思います。

名前は、親から子への最初のプレゼント。


ボクの名前は、銀ちゃん。

名前の由来は、以前のブログ(1/24と5/22)でお話ししたとおり。 

ひねりのない安直なネーミングだけど、

親しみやすくてわかりやすい、しかも誰もが気軽に呼んでくれる

いい名前だったと思っている。


妹の雪ちゃんの名前は、母の一存で決められた。

子供たちはカタカナのハイカラな名前をつけたかったようだが、

こうと決めたら―。

の母相手では、説得を試みるまでもなかった。

だいいち、候補の名前さえ思いつかなかったし。


うちには女の子が二人いるけれど、

長女の前に、本当はもう一人子供が生まれるはずだった。

父と母の初めての赤ちゃんは、

母のお腹に宿って たった数週間で天国へ旅立ってしまったから

父も母もその子の顔を見ることさえできなかった。

たしか、ボクがこの家に迎え入れられてから

半年くらいたったときのことだと思う。

母の嘆きようは今でも覚えている。

父は、だまって耐えていた。

母はもう一人女の子が生まれたなら、「雪絵」 という名前をつけたかった。

真っ白な雪に描かれた絵。

清潔で、美しい、人の気持ちを穏やかに包み込むような。

そんな願いを込めて。


大人になってから 母には 「ユキエ」 という名の友達が二人できた。

東京と名古屋にひとりずつ。

名古屋の 「ユキエさん」 はよく家に遊びに来てくれるし、

さすがに全く同じ名前を犬につけるのもはばかられるし、

で、短く呼びやすいように、「雪」と名付けたわけだ。


それから、これは誰にも言っていないことだけれど、

ボクがお骨になった日、名古屋では桜がきれいに咲いていた。

雪ちゃんが生まれたその日、名古屋よりも南に位置する岡山では

満開の桜の花びらが ひとひら ひとひら 

雪のように 舞い落ちていたかもしれない。

と、いうことも彼女の名前の由来となっている。


話は変わりますが、

ボクの血統書の名前は

EMPEROR OF GOKURAKUSOW

なんというか・・・

極楽浄土で 君臨しそうな名前じゃない?

最初にこの名前を知ったときは

ボクの両親は 「すごい名前。」 と笑っていたけれど

今となっては、

これはこれで、いい名前

かもしれないと

思うことにしている。



雪ちゃんです小 これは雪ちゃん

子供の頃銀_convert_20120124102247 これはボク

似てるかな?


雪ちゃんが我が家にやってきて、ちょうど一週間。

体重も150gほど増えた。

今はトイレトレーニングと

主従関係をきっちり築くべく

雪ちゃんも家族もがんばっている。


忙しい毎日のはずなのに、

昨夜お風呂場で、また母がめそめそ泣いていた。

シャワーを浴びながらだと、涙をながしても 声を出しても

気にしなくてすむから。

雪ちゃんの世話をしていて、

ボクの赤ちゃんの頃のことが、いっぱい思い出されたらしい。

嬉しくて楽しくてたまらないときなのに、

そんなときでも人間って涙がでるものなんだな。

まったく、大人のくせに困った人だ。




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雪ちゃんを我が家に迎え入れて、はや6日目。

初めてネットで雪ちゃんの画像と出会ってから、ちょうど一週間がたつ。

この一週間はあっという間でした。


雪ちゃんは、ボクの住む地方からは遠く離れたところで生まれた。

母は雪ちゃんの出生地をみて、最初ため息をついた。

「ちょっと気になる子がいるので見せて頂いてもいいですか?」

なんて、気軽にメールをうって予約をして見学に行ける場所じゃぁない。

日本列島の本州部分だけを おおまかに4等分してみて、

ちょうどその4分の1くらいの距離がある。

他人からみれば、

   何もわざわざそんな遠いところから・・・

  もう少し近くにいるでしょうに・・・


と、間違いなく思われてしまいそうな場所だ。日帰りはむずかしい。

母なんて、中学の修学旅行で一度訪れたことがあるだけだ。


でも、これから長きにわたって生活を共にするパートナーを

選ぶにあたり、父も母もかなり慎重になっていた。

自分たちの婚約のときよりも、じっくり考えている。

あの頃のような若さと勢いは、もうない。

でも、大切なのは、物理的な距離ではなく、もっと奥深くにあるものだ。

星の王子様がいっていたように、

大切なものは、目に見えないのだから。


ブリーダーさんによると、雪ちゃんは、とても問い合わせの多い子犬だった。

でも、どの人にも譲る決心がつかなくて断り続け、

縁がめぐってくるまでは 手元において大事に育てるつもりだったそうだ。

母はとても遠いところに住んでいるけれど、

母の住んでいるところまで、新幹線で連れてきてくれるとまで言ってくれた。

お互いが強く強く引き合っていた。


  4月7日生まれということ。

  ブリーダーさんも母を選んでくれたということ。

  何よりも、雪ちゃんが雪ちゃんであるということ。


もう、断る理由なんてどこにもない。


母はものすごく用心深い人だ。

でも、ときとして 周囲が「へっ?」と驚くような決断をすることがある。

脳ミソが沸騰しそうなくらいそのコトについて考え抜くと、

ある瞬間に何かがポンッと抜けるような感覚で直感がはたらく。

そして、そのカンだけを頼りに一気にコトをおしすすめる。

だから、周りの人には 母が急に何かを始めたように見えたとしても、

そうなるまでには ものすごく深く徹底的に悩んだり考えたりしている。


ボクを失ってからのこの2ヶ月間、きっと母は

ボクについて、犬を飼うことについて、犬がいない生活について

四六時中考えていたのだと思う。無意識のうちに。

だから、雪ちゃんとの出会いを運命的と捉えることもできたし、

このチャンスを逃したくない!と切実に思ったのだろう。

父にしても、母のそういった感覚的な物事の決め方に

20年以上付き合ってきたから、まぁ、慣れっこというわけだ。


  次女が、新しく犬を飼うことになったいきさつを友人に話したところ

  お母さん、こうと決めたら絶対やり遂げる人だよね。

  と言われていた。そのとおり!キミには国語の読解の力があります。

  この成り行きから 会ったこともない母の性格をみごとに言い当てるとは、

  さすがです。物語文が得意といえるでしょう。


それはいいとして、

こうと決めたら一日でも早く雪ちゃんに会いたくなった母は、

ブリーダーさんと自分がお互いに向かい合って進み

真ん中で会う方法を選んだ。

そして、あれよあれよという間もなく

日曜日の午後3時にその中間地点の新幹線駅の中央出口で、

雪ちゃんを引き取る手筈が整った。

連れてきてくれるのは、ブリーダーさんのお母さん、Tさん。

雪ちゃんの母犬の飼い主でもある。いわば、育ての親だ。

お互いに顔も知らない、すれ違ったことも100%ないと言い切れそうな二人。

それぞれが新幹線に1時間ほど乗って、中間地点へと向かう。

Tさんは、雪ちゃんを入れた青いバッグが目印だといっていた。

でも、青いバッグを提げた人は見当たらない。探してウロウロしていたら、声をかけられた。

母が犬用のキャリーバッグを肩に提げていたので、見つけてくれたのだ。

Tさんのバッグは青とは言いがたいストライプ柄だった・・・

これは青色じゃぁないですよ、Tさん。

母よりも年上ではあるが、Tさんはとてもかわいらしい感じの方だった。

待合のイスに腰掛けて、手土産を交換し、書類を手渡し、雪ちゃんを母のバッグに入れる。

Tさんは涙ぐんでいる。大事な大事な娘を嫁に出すような感じだ。

雪ちゃんの母犬の写真を数枚下さった。

母は、ボクの写真を見せている。ボクの赤ちゃんのころの写真を見せると

そっくりだと驚かれた。しきりに縁や運命について話し合う。

小一時間もおしゃべりをしただろうか、

母が雪ちゃんとともに新幹線の改札を通るまで、

Tさんは ずっと手を振り続けて見送ってくれた。

Tさんの気持ちを考えると、母も泣けてきてしまった。


雪ちゃん、キミは大切に大切に育てられたんだね。

とても不安そうにしているけれど、無理もない。

母犬と乳母犬と妹と、やさしい育ての親に囲まれて

生まれてからまだ2ヶ月と10日しかたっていないのに、

見知らぬ人の手に引き渡されたんだものね。

でも、安心して。ボクもついているよ。

ボクなら、キミとストレートに話ができる。

新しい家族とも、きっと幸せになれると約束するよ。



オトウサンはキミのために帰りはグリーン車を予約してくれたよ。

(ポイントがたまっていただけなんだけど)

さぁ、新幹線がなめらかに動き出した。

キミの新しい人生の始まりだ。


新幹線1 Tさんと別れて 初めて新幹線に乗り

新幹線3 最初は緊張していたけれど

新幹線2 やがて眠ってしまった




 さて、みなさんにクイズです。

 ボクは何県何市に住んでいるでしょう?


  ヒント1・ 待ち合わせ場所は新大阪駅でした。

  ヒント2・ 雪ちゃんの出生県は桃太郎が有名。

  ヒント3・ モリゾーとキッコロ知っとる?
        会ったことあるけど、最近見かけんがね。
 
        かんたんだがね。 これでわからんかったら、困ってまうわ。 ま~いかんわ。

 

    さぁ、日本地図片手に考えてみよう!

    なお、すでに回答を知っているティクレアさんとフルール君のママには回答権はありません。

    また、正解者への賞品の発送は 正解者の発表をもって替えさせていただきます。


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ついこの間まで、ボクと母は

頭から離れない歌の披露のしあっこなんかして

のんきに毎日を過ごしていたわけだけど、

この日曜日 ボクが他界して以来の驚くべきコトが起こった。

我が家にとっては、大ニュースとも言えよう。



妹ができた!


人間の、ではない。

  母は多分もう産めない。子どもたちは、まだ産めない。

シルバーのトイプーの女の子だ。


ボクが旅立ってから、母は心の穴を埋めるために

いろんなコトに没頭していた。

ペットショップめぐりに始まり、犬の洋服作り、仕事を増やすこと、読書・・・

中でも 一過性に終わることなく この2ヶ月間やり続けていたのは

この世に生まれたシルバートイプーの赤ちゃんをネットで探し続けることだ。

毎日数時間PCに向かい、

  銀ちゃんに似ている・・・

  だの

  この子はアンダーショットになるだろう・・・

  だの

誰も聞いちゃいないのに、一人でつぶやいていた。

父は、連日長時間PCの前に座り込んでいる母が

ブログの更新をしているものだと思っていた。

ところが、先週あたりから

  あの子犬の飼い主さんが決まったみたいだ

  とか

  あのブリーダーさんのところにまた赤ちゃんが生まれた

  とか

仕事中に母からメールが送られてくるようになった。

格別 知りたいとも思わないし、興味もないし、どうでもいいような情報だ。

返信にも困る。


二人とも しばらくの間は 犬を飼う気にもなれないし、

子どもたちが成人したら、

二人で旅行を楽しむか、またトイプーと暮らすか などと

いうあたりで意見が一致していたのだ。


ボクの晩年は、今思えば気の抜けない

大変ともいえる1年間だったし、

ボクとともに、ボクの発作の恐怖も消えたわけで、

悲しくはあるけれど、ある意味ちゃんと見送れて

ホッとしたというのも事実だ。お互いに。



母も 毎日子犬のチェックをするものの、

自分の手で育てたいなんて まったく考えていなくて、

ただただ 空想の世界のごっこ遊びをしていただけだ。

子どもたちも、母が食い入るようにPC画面の子犬を見つめているから

最初のうちは 期待を込めて

  そのコを飼うの?

と聞いていたが、その気がないことがわかってからは

母が好みの子犬を見つけて 見ろ見ろ と強要してきても

  どうせ、飼わないでしょう?

と、軽くあしらっていた。

  

それなのに、ネット子犬見学に毎日 数時間を費やしている。

仕事のある午前中と夕方以外の 朝・昼・晩。

家事と仕事の準備をサッサとこなして、

PCの前に長い時間 座り込む。

肩が凝ったと、父に肩もみをお願いするほど。


ボクも含めて、家族は何か変だと心配し始めていた。

一種のペットロス症候群かも知れない・・・

思えば、母は20年以上 ずっと犬と一緒に生活してきたのだ。

犬のいない生活に、そんなにすんなりなじめるはずがない。

ちゃんとボクの納骨をしなくては、とあせっている節もあった。

みなさんから、

  納骨はまだまだ先でいい

とコメントをいただき、ようやく落ち着いたところでした。



それなのに、

金曜日の夜に、何気なくみていたシルバーの女の子から目が離せなくなった。

マズルが長めで目のパッチリした、スクエア体型のかわいい女の子だった。

家族を呼び集めて、かわいい!かわいい!と大騒ぎだ。

いつもなら無関心の父や子どもたちも大絶賛。


土曜日の朝、目覚めた母はPCに直行。

もういちど、あの子の画像を確認する。

  
  オカアサン、その子の誕生日をよく見てごらん


4月7日。

そう、ボクがお骨になった日だよ。

小さな骨壷におさまったボクの体は

オカアサンの腕にしっかりと抱かれて 我が家に帰ってきたね。

あの うすピンクの桜が満開の日に この子は産声をあげたんだよ。


あっと小さく声をあげて 母はちょっと涙ぐみながら、

初めて ブリーダーさんにメールを送る。

  
  この子の出生について詳しく教えて下さい。

  できれば、両親・祖父母・兄弟姉妹の写真を送って下さい。


それからは、怒涛のごとく。

ブリーダーさんと電話とメールのやりとりを何度もして、

たくさん写真を送ってもらって、

ボクと家族の後押しもあって、その子を我が家に迎えることになった。

母は、決まった後でも、

  どうしよう。気持ちの準備なんてこれっぽっちもできていないのに。

  まさか、新しい子をこんなに早く迎えることになるなんて・・・


と、自分でもわけがわからないまま、

日曜日の午後には(やはり父の手配した)新幹線にのって、

空のキャリーバッグを肩にかけて 彼女を迎えに行き

小さな幸せのかたまりをバッグに入れて

大事そうに抱えて、すぐに家に帰ってきた。


オカアサン、あたたかい小さな息遣いを感じて、どんな気分?

縫いぐるみとは違う、たしかな命の重みがそこにはあるよ。

もう、空想の世界で犬を飼うのはやめて

もういちど、ボクの仲間と一緒に現実の世界を生きてほしい。

空虚な時間を無意味に過ごすのではなく、

新しいパートナーとともに、新しい思い出をつむいでいってほしい。


この子は、ボクたちの住む場所からは とても遠くで生まれて、

それは、ふつうなら 家族に迎えようと思える距離ではなくて。

でも、ボクは この子にバトンを渡したいと思った。

この子になら、大切なバトンを安心してあずけられると思ったんだ。

あとは、オカアサンの背中を前足でチョンと押すだけだった。

思ったとおり。 この子に出会ってから 次の日には飼うことが決まり、

その次の日には、もうこの子を腕に抱いていたんだから。




それでは、ボクの妹を紹介します。


赤ちゃん

生まれたてでよくわかりませんね。





雪ちゃんです横 「雪ちゃんです・・・」



横を向いていないで、大きな声でハッキリと、ハイ!





雪ちゃんです

「雪ちゃんです 生後2ヶ月ちょっとです」



はい、しっかり言えました。



みなさん、これからもボクの妹をヨロシクお願いいたします。



銀一眠り

首尾よくコトが運んで ひと安心。 ちょっと疲れたので、ボクは眠ります。























母がここ2週間くらい、ある歌をよく口ずさんでいる。

キッチンに立って野菜を刻みながら、

掃除機をかけながら、

バスタブをスポンジでこすりながら、

しょっちゅう小さな声で歌っている。

しっぽの丸い犬、という歌だ。


  大きな都会の片隅に 一匹の小犬が住んでいました

  白と黒のぶちぶちの しっぽの丸い犬でした

  来る日も来る日も 遠くの 雲の浮かんだ空を見て

  あの空の下へ 行きたいと思ってました

  青い水と 白い砂が そこに そこに あるんだとさ
  
  緑の路(みち)と 真っ赤なお陽さまが そこにあるんだとさ


  ある日 小犬は早起きをして 荷物をまとめて首にかけ

  生まれた町にサヨナラをして 歩き始めました

  でも そんなところを 小犬はちっとも見ませんでした
  
  ただ ただ 目の前に ビルがあるばかりでした

  青い水と 白い砂が そこに そこに あるんだとさ

  緑の路と 真っ赤なお陽さまが そこにあるんだとさ



チューリップの財津さんの作詞・作曲による歌だそうだ。

母が10代の頃、カセットテープに録音して

ウォークマンでよく聞いていたらしい。

通学途中の電車の中で、キュルキュルと巻き戻ししては

何回も何回も。

この何十年か、すっかり忘れていて、

思い出すこともなかったこの曲が

ふと思い出されて、頭から離れなくなっている。

きっと、虹の橋へ旅立つボクのことを考えているからだろう。

この歌のなかの子犬は 結局、憧れのその場所へたどりつけなかったようなので

ハッピィエンドというわけにはいかなかったようで・・・

でも母は、そこのところをあやふやにして、

生まれた町にサヨナラをしたり、

荷物をまとめて首にかけたりするフレーズだけを

都合よく思い描いて、歌い続けている。



母は先週の日曜日に、ボクの納骨をすませようと

一度は決心した。

父から、

  銀ちゃんの納骨は・・・?

と何回か聞かれていたし、四十九日からずいぶん時もたったし、

そろそろかな・・・

と母自身も考えていたところだったし、

週末に特別な用事もなかったし。

日曜日の午後にはお寺に行こうと決めて、

前日の土曜日には、ボクの骨壷を抱いたまま

ソファに座って テレビを見たり本を読んだりして

ボクの重みを感覚的に記憶にとどめようしていた。


ところが、母からうつされたと思われる風邪で

今度は長女が寝込んでしまい、

お寺へ出かけることができなくなってしまった。

ほどなくして、次女ものどの痛みをうったえ、

母の風邪も再発し、週末我が家は病人だらけだった。

父だけは元気にしている。いつものことだ。

  父は、どんなときも冷静沈着だ。人に影響を受けることがない。

  その精神力が身体をも支配しているかのごとく

  周囲でインフルエンザが流行しようが、

  おたふくかぜが流行ろうが、関係なしだ。

そんなわけで、ボクの納骨は延期されて、

母は内心ホッとしている様子がうかがえる。


ボクはといえば、

母の気持ちの揺れにあわせて、

荷物をまとめたり、

首にかけた荷物をまたおろしたり。

なかなか

しっぽの丸い犬のように

ある日早起きをして、思い切りよく

生まれた町にサヨナラできないでいる。


一休み
みんなが集まれる日まで、納骨はおあずけだ。




ボク、銀ちゃん。シルバーのトイプー。

6月5日は月命日だった。ボクが旅立ってから、2ヶ月がたつ。

今 ボクの居場所は生前と同じく、リビングの一角。

部屋のどこにいても目に入る特等席だ。

キッチンからも見えるし、

子ども部屋にいても、ドアを開けておいて、

ちょっと体をひねって首を回せば、ボクの遺影が見える。

ネストテーブルを二つ並べて

白い布をかけて

即席の祭壇がこしらえてある。

花と遺影と骨壷と。

ご飯や水や形見の品々。

そして、アロマキャンドルにお線香。


心配性で用心深い母は、掃除だの仕事だので

リビングから離れる用事のあるときは

お線香に火はつけない。

家に一人でいる間は、アロマキャンドルも焚かない。

火を消し忘れて出かけるのが怖いらしい。

加齢とともに、自分が信用できなくなったみたいだ。

  
  そういえば、どこかへ出かける前には

  ガスコンロの確認も2回していたな。

  ガスがちゃんと消えていることを確認して

  銀ちゃん、ちょっと行ってくるね、いい子でね~

  とボクの頭をなでて、階段を下りてゆく。

  1階にある玄関で靴に履き替えて、ドアの閉まる音がして

  ツーロックの鍵をかける音が聞こえる。

  ほどなく、ツーロックの鍵を開ける音がして

  靴を脱ぐ音、階段を上る音、が続く。

  ふたたびガスの確認、ボクへの声かけ、振り出しへ戻る、だ。

  ボクの家は2階のリビングと1階へ続く階段をさえぎるドアがないため、

  ボクが勝手に1階へ降りていかないために

  階段の手前に犬用の柵が置いてあった。

  (ボクの水用ペットボトルもその柵に取り付けてあった)

  柵のスキマから、いつも出かける母を見送った。

  必ず戻ってくることがわかっていたから、

  ずっと柵のスキマから階段をのぞいていた。

  たまに母は階段の途中で振り返る。

  柵のところにたたずむボクと目が合う。

  やっぱり、銀ちゃんまだ見ているね。

  やっぱり、オカアサン振り向いたね。


  だるまさんがころんだ、を楽しむように。
    
  2回目のガスの確認が終わると

  ようやく母は出かける。

  そして、ボクはベッドやソファやカーペットの上で

  ゴロンと横になって、母の帰りを待ったものだ。



父は、出勤前と帰宅後にキャンドルとお線香に火を点してくれる。

子どもたちは、母に頼まれれば、面倒くさがらずにやってくれる。

ボクのウンチの始末は嫌がっていたくせに。

ボクが旅立った後は、妙に優しくなった。

そんなものかも知れない。


母がパソコンに向かう前にお線香に火を点してくれた。

白檀を基調に花の香りを加えた煙の少ないお線香だ。

学校の行事で2日間家をあけていた長女が帰るなり言った。

  ただいま!あー。銀ちゃんのにおいがする・・・お線香のにおいだけど・・・

いつのまにやら、

  お線香の香り = ボクのにおい  

になってしまったようだ。


アロマキャンドルに火がともされ、

お線香の香りが漂い始めると、

今ボクのいる世界と家族の住む世界は

秘密の通路でつながる。

ような気がしている。


夏が近づいて、玄関では蚊取り線香がたかれるようになった。

夕方になると近所の子どもたちが教室にやってくるため、

何度も玄関の扉が開けられる。

蚊の進入をふせぐために、夕方からずっと蚊取り線香がたかれるから、

我が家は、1階も2階も線香のにおいに満ちている。

秘密の通路は開かれっぱなし、な感じがして

嬉しい。

水のみ

人間はこの柵をまたいで行き来していた。父が2度ほど足をひっかけて柵を破壊した。
そのたびに柵は添え木を当てられ補強されて、使い続けられた。
ボクがいなくなって、この柵は必要なくなり 今は 屋根裏部屋においてある。



きっと、どこの家庭にも、飼い主と犬との間には 

いつの間にか作り上げられた その家ならではの習慣があるのだろう。

ボクと母の だるまさんがころんだ のような。

みなさんのおうちでは どうですか?



翌日 日曜日の朝、思いのほか早く目がさめてしまった母は

大学時代の1年間を過した女子寮を見に行った。

毎日歩いた坂道。川の向こうを走る山手線の緑色のラインの列車。

よく通った本屋さん、お弁当屋さん。こわごわのぞいていたボクシングジムも健在だ。

開店したばかりだった当時は流行の最先端に見えたカフェバーも

ずいぶん黒ずんだ外観ではあるが、まだ頑張って営業している。

  部下に、カフェバーってなんすか?て聞かれちゃったよ。と男子が言っていたな。

  カフェバーって何だ?


30年のときがたって街の風景はずいぶん変わってしまったけれど、

ちゃんと残っているお店はあるんだな。なんだか、嬉しくなる。

昨日の25年ぶりの再会を思い返して、母は思う。

  みんな見た目は変わってしまったけれど、
  
  中身は学生のときと同じだったなぁ。

お酒が入るとにこやかな笑顔を浮かべ、すぐに居眠りを始める先輩は

やっぱり、すぐに眠ってしまった。

当時写真係だった先輩は、パーティー会場でもカメラを構えていた。

面倒見の良かった先輩は、やはり取りまとめ役で、

水割りを作るのが上手かった女子は、昨夜もみんなにお酒を頼まれていた。


懐かしい高田馬場の街めぐりを終えて、

10時半に阿佐ヶ谷で二人目の友人と4年ぶりの再会を果たし、

1時半に吉祥寺で三人目の友人と待ち合わせをした。

毎日毎日通り抜けていたサンロードを歩く。

入り口のマクドナルドと出口近くのSEIYUは健在だ。

つぶれそうだったカーテンやさんは、今もつぶれそうだが、なぜか営業中。

さらに練馬方面に向けて足をのばす。

ケーキ屋さんはパン屋さんにマイナーチェンジ。

小さな医院は画廊へ、コンビニは不動産屋さんへと変貌をとげていた。

汗ばむほどの陽気の中、さらに友人に付き合ってもらって、

5年ほど住んでいたロフトタイプのアパートを探しあてる。

当時は新築で、母が一番乗りの住人だった。

1K + ロフト タイプで出窓もついている2階の一番端っこの部屋。

白い壁にみどり色の屋根。30年たったというのに、しっかり残っていた。

しばし感慨にふけって眺めている。

そして、急にボクが恋しくなり、子犬を見たいといって、

友人にペットショップに連れて行ってもらった。黒のトイプーの赤ちゃんを見つめる。

昔しょっちゅうのぞいていた器屋さんは今もにぎわっていた。

母は、ボクのお土産として仏様用の器を買った。

  近くにドンキホーテあるよね。

  それ、ロジャースだよ。


いつの間にか記憶がゆがんでいるところに、25年のときを感じる。

そして、PARCO2階のテラスでアイスココアを飲み、4時に4人目の友人の待つ東京駅へ向かった。

家族のためにお菓子を買おうとしている。友人のオススメの甘いお菓子を2種類購入。

八重洲口のスタバで8年ぶりに会うというその友人と旧交をあたためた。

なんだか頼りない母が心配で、友人は新幹線ホームまでついてきて見送ってくれた。


隙間産業のようにきっちり合間をうめて過ごしたあっという間の2日間だった。

昨日の朝とは逆向きの新幹線に揺られ(それも父が手配した)

父が駅まで車で母を迎えに行く。無事、我が家に到着。

出発から帰宅まで父のお世話になった母。ある先輩は、

  オマエ、よっぽど愛されてるか、メチャクチャ頼り無いと思われてるかのどっちかだぜ?

どちらも違います、先輩。父は、管理することが好きなのです。

手際よく物事が進まないとイラつくたちなのです。どんな場合でも。

ボクのお葬式も、実に手際よくテキパキとすすめてくれました。


さて、2日ぶりの我が家はどう?オカアサン。

ボクの仏壇のお線香の灰を確認している。お線香はOK。

お水は新鮮だ。でも、オヤツのお皿はずっとカラのままだったよ。

子どもたちはお土産のお菓子を早速ほおばっている。

リビングに寝転び、サッカーの試合をみるオトウサン。

また、日常が戻ってきた。


母はボクの仏様用の器を洗って、写真の前に置く。

ボクの納骨がすんだら、この器にボクのエサとお水をいれて

供えようと、考えている。

非日常を過ごして、母は気持ちを少し切り替えることができたようだ。

ボクの死を、近視眼的に捉えるのではなく、

大きな時の流れのなかで、ボクと過した年月を

かけがえのない大切な15年と思えるようになったみたいだ。

大きな収穫といえよう。

だって、同じ場所と同じときにとどまることは無理だから。

時計はチクタク、時を刻み続ける。休むことなく。

ボクと別れた4月5日にとどまり続けることは、できない。

それは、ボクも同じだ。


25年ぶりに会った仲間たちは、それほど変わっていなかった。

みんな当時の面影を残していたし、結局のところ思い出を共有した仲間たちは

何年たとうが、思い出を手がかりにして瞬時にふたたび仲間に戻ることができる。

だったら何年たっても、ボクと家族の思い出だって色あせることはないはずだ。

ボクの一生がすべて詰まった濃密な15年間。

ボクというシルバーのトイプーの始まりから終わりまで、家族と共に過ごした15年間。

母は、時がたってボクの思い出が薄れていってしまうのではないかと

心配していた。そんなことになったら、罪悪感にさいなまれそうだった。


ボクを失ってから、2ヶ月。家族がボクを話題にして、笑うこともある。

でも、ふとしたはずみに寂しさが込み上げてきて、涙ぐむときもある。

父は今ごろになって、ボクがペットボトルの水を飲む音が聞こえることがあるという。

次女は、その規則的な音が何の音かわからなかった頃、とても怖かったと告白する。

きっと何年たっても、ボクは家族の一員の銀ちゃんとして、話題にのぼることだろう。


東京から帰って、母は風邪をひいて寝込んでしまった。

夕食も作らないで、早々にベッドに入って休んでいる。

たっぷり汗をかき、熱も下がったようだ。

明け方、ボクの夢を見た。

その夢の中でも、ボクは一度死んでしまったことになっている。

でも、なぜか生き返って母と遊んでいる。

元気に走り回るボクが突然倒れる。

母がボクを抱きかかえて、父に言う。

  ねぇ、銀ちゃん一度死んじゃったよね?また、死んでしまうの?

父がなんて答えたかはわからない。

母がボクのカラダに顔を埋めて、銀ちゃん、と呼び続ける。

シルバーのカラダの毛は晩年と同じく、少し薄くなって、

肌色の素肌が透けて見える。

ボクのにおいをかぐ母。銀ちゃんのにおいだ、と懐かしく思う。

楽しい思い出だっていっぱいあるはずのに、

よりによってこんな夢を見るなんて。

目を覚ました母は、リアルにボクを抱いた感覚が残っていることに驚く。

鼻先に触れるボクの毛の感触も、そしてにおいも。

でも、うなだれることは、ない。涙は流れてしまったけど。

夢の中でも、やっぱりボクを失うことが怖くて怖くて仕方がなかったけれど、

思う存分、強く抱きしめることができた。

大丈夫、ボクの最後も含めて、大切な思い出なんだよ。

思い出がボクと家族をつなぎ合わせる。

きっと、何年たっても。

たとえ、子どもたちが大人になり、

両親がオジイサンとオバアサンになっても。


ボクは、近いうちに虹の橋に向けて出発することになるだろう。

そして虹の橋に着いたら、たくさんの仲間たちと楽しく暮らすのだ。

大好きな両親との再会を、楽しみに待ち続けながら。

器
ボクへの東京みやげは器だった 古風な柄の・・・

カフェバー
これが、カフェバーなるもの

山手線
女子寮から毎日眺めていた川の景色 遠くに山手線が走っているのが見える





週末、母は家を留守にしていた。

土曜の朝早くに家を出て、日曜の夜遅くに帰宅した。

父と子どもたちは家にいた。

子どもたちが生まれてから母一人で外泊なんて、

ボクの記憶によると一度もない。

大学時代に所属していたテニスサークルの創立30周年記念パーティー

が東京で開催されるということで、でかけたらしい。


母は18歳のときから6年間ほど東京で一人暮らしをしていた。

そのころは若さゆえの怖いもの知らず、

なんでも一人でこなす自立した人間だった。

ところが、しっかりものの父と結婚して何年かを共に過すうちに

新幹線の切符も自分で用意できないほど、

ヘタレな大人になってしまった。

新幹線の往復切符の手配に、ホテルの予約、時刻表、

すべてを父がネットで用意していた。

子どもたちより手がかかる。


さて、土曜日の朝、新幹線に乗って品川駅に到着。

昔のバレエ仲間のRと会うために、渋谷へ向かう。

母はハチ公前しかわからないので、そこで待ち合わせ。

数年ぶりに再開した母と友人は、キャー!と叫び抱擁。

40代の女二人、しかも日本人。なぜ抱き合う?

ここは舞台の上ではなく、ハチ公の目前。変な絵面だ。

警官がチラッと二人を横目で見ていた。

ヒカリエに連れていってもらい、3時間喋り続ける。

パーティーは3時から。1時半過ぎに山手線に乗せてもらい

高田馬場のホテルにチェックインして、荷物を置き、会場へ向かう。

会場は大学の本部キャンパスのすぐ隣にあるホテルだ。

母は、入学後1年間は高田馬場にある女子専用マンションに住んでいたから、

そのあたりの地理には明るいはずだ。地下鉄に乗らず、一駅分歩いて通っていたから

今日も懐かしい街並みを眺めながら、歩くつもりだったらしい。

しかし、25年のときの長さは侮れない。スニーカーにジーンズといういでたちでもない。

ヒールの高い靴にワンピース、パーティーバッグを小脇にかかえ、

30分弱の道のりを歩くことを想像しただけで、気持ちが萎えたようだ。

開催時刻がせまり、母はあせりだした。

講義に遅れそうなときにそうしたように、地下鉄に乗ろうと思い立ったが、

駅から会場のホテルまでがこれまた結構な距離で、歩くと時間がかかりそうだ。

高田馬場の駅前ロータリーをウロウロしていた母は、大学の正門行きのバスを見つけた。

目の前を歩いていた若い男子学生をつかまえて、

  このバスに乗ったら、正門に着きますか?どれくらいかかりますか?

  15分以内に着きますか?


と矢継ぎ早に質問を投げかけた。

男子学生は

  正門には着きますぅ~えっと、15分以内に着くっちゃぁ着きますが...

とあやふやな返事だ。

男子学生のすぐ後ろにいた女子学生が、煮え切らない男子を押しのけて、ずいっと前に出て、

  大丈夫です!10分弱で着きます!

と断言してくれた。
    
ありがとう、頼もしい女子学生。ガンバレ男子。

母はたくさんの学生たちと共にバスに乗り込み、女子学生の確約どおり

10分弱で正門前に着いたバスから学生たちに混じってはきだされた。

学生たちはそれぞれの目的地に向かって、さっさと歩き出したが、

母だけがバス停前にとり残されている。

ホテルの場所がわからないらしい。今度は警備員に聞いている。

小走りで会場に向かう母。なんとか3時前にホテルにたどり着いた。


25年ぶりに再会した仲間たち。50人ほどのアラ40・アラ50が集まっている。

一人ずつ前にでてマイクを握り、近況を報告する。

  世の中には悪い官僚と良い官僚がいますが、ボクは良いほうです、という男子。

  私は、もっと良い国家公務員です、と応酬する同期の女子。

  コンサルタントにソーシャルワーカーに弁護士に税理士。

  楽しみにしていたけど、仕事の都合がつかなくて顔だけ出してすぐに仕事に戻る人もいる。

  奥さんに逃げられたものの、再婚して今は幸せな家庭を築いている人まで。


  結婚して娘が二人いて、お花とお裁縫と国語の教室を開いています。

母は、ボクを失ったことは言わない。

いつもの友だちになら、ボクがいなくて寂しいとつい泣き言をいってしまうけれど、

非日常であるこのとき、ボクのことはすっかり頭から忘れ去られている。

自宅を中心に半径数キロ以内で日常生活を送っていたこの2ヶ月、

絶えずボクを失ったという喪失感が重石のように心をふさいでいたが、

自宅から数百キロ離れた場所で25年ぶりに会う仲間と時を共有する

非日常空間に身をおいて、遠いところから自分を眺めるような感覚を持ち、

  銀ちゃんを失った自分

ではなく、社会を構成する一員として、自分を捉えられたようだ。

久しぶりに、とても客観的に。


あの頃はみんな20歳前後だった。テニスの練習をするより

バカみたいに飲んで騒いで語り合うことのほうが多かった。

でも、みんな見えないところでちゃんと目的意識を持って努力していたに違いない。

25年という長い月日が流れ、今は男子たちは仕事を中心にすえて生活をし、

女子たちは家庭を守り、子どもが生まれれば、子どもを育てている。

その子どもたちも、おおむね中学生から大学生になった。

仕事でキャリアを積んで、社会としっかりつながっている女子もいる。

学生だった頃は、社会は自分たちとは関係のない世界で、見知らぬ大人たちが

勝手に世の中を回している気がしていた。

でも、オジサン・オバサンになった仲間と再会し

自分たちが間違いなく大人になっていて、一人ひとりが社会を動かすために

何らかの役割を果たしていることを実感した。

その役割が大きかろうが、小さかろうが、立場がどうであれ、

自分を育ててくれた社会に対して、どんな形であるにせよ貢献してゆきたいと母は考えた。

  時は流れている。
  
  前を向いて歩み続けることが大切。


と、母はあらためて思う。


その後、高田馬場の居酒屋に場所をうつし、深夜まで酒宴は続いた。

名刺交換もなく、肩書きも必要としない仲間の集まり。楽しい時間は瞬く間に過ぎてゆく。

でも、学生の頃のように終電に乗り遅れて友だちの下宿に転がり込むような者はもういない。

酔いつぶれて、カブトムシの味がする・・・と訳のわからないことをつぶやいていた先輩も

割合しっかりした足取りで帰途につく。

新車を買う買わないの言い合いが、大学をやめろだのやめるだのの言い合いにまで発展し

大モメしていた姿も今ではなつかしい。

大人になった今では、守るべき家庭がある。

それぞれが、家族のもとへ、待ってくれている人のもとへと戻ってゆく。


深夜近くだというのに、信じられないほどたくさんの人々が高田馬場の街を行き交う。

みんな、誰かとつながっているかな、と母は思う。

犬でも人間でも、一人ぼっちで生きるのはかなりキツイことだ。

誰かとつながっていれば、そのぶん寂しさもやわらぐ。

そして、ふと、ボクのことを思い出す。

  虹の橋に行っても、銀ちゃんにはたくさんの友だちができるだろうか。

  みんなとつながりながら、楽しく過ごせるだろうか。


そんなことを考えながら、母は父の予約してくれた駅前のビジネスホテルに戻る。

そして、これ以上は絶対ムリですというくらい

コンパクトにまとめられたユニットバスでシャワーを浴び、

背骨がピンと伸びるくらいかたくて、寝返りをうつのも困難なほど狭いベッドにもぐり込む。

自宅のベッドサイドのテーブルには、ボクがまるくなって眠る写真の入った写真たてが

おいてあり、母は毎夜その写真をなでてオヤスミといってから眠りにつく。

ボクが旅立つその日まで一緒のベッドで眠っていたから、

すぐそばに、写真でもいいからボクの眠る姿がないと、落ち着かなかった。

でも、今日はボクの写真なしでも大丈夫。

本を読みながら、30分ほどで眠りについた。

寝室写真 
自宅では、ボクの眠る写真を横において母も眠る


BPTTアルバム 
パーティーの記念品は、若かりし頃のみんなの写真を集めたアルバムだった


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みなさん、コメントありがとうございます。
コメント欄にてお返事をさせていただいています。
どうぞ、ご一読ください。



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