FC2ブログ


上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

セルティーを失い

しばらく動物を飼うことをやめていたが、

母が中学生になって

精神的にも日常生活においても

ある程度自己管理ができるようになると、

ふたたび動物の面倒をみる余裕ができた。

親友の飼っていたキレイな色のセキセイインコは

たしか、ムムという名前だった。

いつも小難しい顔をしていたからだ。

  結構、カワイイよ。

という彼女の言葉に触発され、

母は近くのショッピングモールに併設された

池田牧場というペットショップへ

親友とともに出かけた。

なぜか戸外の柵の中にロバやうさぎ、ヤギなどがいて

今考えると、かなり不思議な店だった。

店内には昆虫から魚類、爬虫類、犬猫まで

所狭しと共同生活をしている。

お目当てのセキセイインコは

レジ近くのカウンターの上にいるはずだ。

いつものかごをのぞくと

どう考えても売れ残ったと思われる

グレーがかったヒナが一羽だけ。

なんだか愛着がわいて、母はそのコを連れ帰った。

一羽ではさみしかろうと すぐにもう一羽迎え入れた。

パセリとレタスという草食系の名前だった。


大学生になり、東京で一人暮らしをはじめた母は

テニスサークルに入って、

週に2回くらいは練習に参加していた。

あるとき、大学近くの公園のテニスコートで

練習をしていたところ、コート内に

インコが迷い込んできた。

いち早く保護した友人が、インコを連れ帰るのを見て

ふたたび触発された。

当時は女子寮に住んでおり、

ペット飼育は禁止されていたが、

管理人のおじさんを説得した。

大学から女子寮へ続く大通りの中間地点にある

小鳥やさんで、鳥かごやえさ箱、

このときもまた一人ではさみしかろうと

2羽のセキセイインコを買った。

名前はいんことあんこだった。

夏休みに実家に帰るときに新幹線に乗車するのだが、

シーンと静まり返った車内で

いんことあんこが歌いだすと

身の縮む思いがした。

車掌さんが預かってくれることになり、ホッとしたそうだ。

いんこあんこ 何を考えているのかよくわからないコたちだった



大学を卒業し

地元での就職を希望していたが

配属は六本木にある本社だった。

バブル真っ只中。すでに

男女雇用機会均等法も施行されていた。

女でも総合職や専門職についていれば

深夜まで働かねばならない。

これでは、犬を飼うのは困難だ。

入社直後から転勤を希望し続け

たった1年の間に3回も配属先が変わり

やっとのこと地元への転勤にこぎつけた。

基本的に転勤はトレードだ。

母の希望する配属先の誰かが動いて

母のポストに誰かがおさまらない限り

トレードは成立しない。

ピースがきっちりはまらないと

パズルは完成しない。

一年がかりで三者間トレードを成立させてくれた

上司には頭の下がる思いだ。


セルティーと別れてから、10数年。

母はふたたび犬を飼う権利を手にしたのだ。

実家に戻り、母がまずしたことは

犬を飼う 宣言だった。

今度は祖父母も反対はしなかった。

お給料ももらっているし、23歳といえばりっぱな大人だ。

それになんと言っても、結局のところ、彼らだって犬との生活が好きなのだ。

セルティーのおじさんに電話をして、

犬がほしいと言うと、子犬がたくさんいるからと

自宅へ招いてくれた。

びっくり。犬の家なのか、人の家なのかわからない。

イメージとして思い返されるのは

たくさんの犬がソファや絨毯の上でくつろいで

テレビを見ている という情景。

子犬から老犬まで老若男女が楽しく暮らす

楽園のように見えた。

そんなはずはないので、母の思い込みだろうが

まぁ、それくらい犬たちが幸せそうだったということだ。

たしかキャバリアを希望していたはずだが、

おじさんオススメの真っ白なスピッツの赤ちゃんがいて

ひと目で母も祖父母もそのコに魅了された。

立派なお父さんと、育児疲れを隠しきれないやさしそうなお母さんにも

会うことができた。

スピッツはプーちゃんと名づけられた。

プー1 小さかったプーちゃんは

プー2 あれよあれよという間に成長し

プー3 立派なスピッツになった


プーちゃんは、すごく大人しい男の子だった。

気が小さくて、おっとりしていた。

近所に住む双子の女の子をみて、

その場でウンチをもらしたこともある。

同じ顔が近寄ってきてよほど驚いたのか、キャンとないた。

瞬時にお腹が下ってしまった。

ボール遊びが大好きで、

ナゲル、ハシル、クワエル、モドル

という単調な動作を あきることなく続けた。

母が結婚して、プーちゃんは実家の祖父母が

そのまま育てることになった。

(ボクのお嫁さんのはずだった)

桃ちゃんを引き取ることになったときも

何の抵抗も反応もみせなかった。

ただ、ありのままを受け入れた。

母の出産や家族の旅行のときには

ボクもプーちゃんのいる実家に預けられたが、

いじわるされたことは一度もない。

気のいいオジサンだった。

プーちゃんは17年生きた。

おだやかな晩年だった。

祖父母に見守られながら、

静かに息を引き取った。

お通夜には、母とまだ幼かった子どもたちが参列した。

プーちゃんが旅立って 7年近くたつが

祖母はいまだに思い出しては泣いている。

ダンボと 母にとってボクは4頭めの犬だ




















コメント

  1. ふうたママ | -

    銀ちゃんママ、はじめまして。
    他の方のブログで紹介されていて、初めて訪問させて頂きました。

    銀ちゃん、頑張りましたね。
    中学受験の最中でなくて…銀ちゃん色んな事が良く分かっていたんだと思います。(中学入試の大変さは我が家の息子で経験したので良く分かります。お疲れ様でした)
    私も今まで何頭ものワンコを迎え、そして見送ってきました。
    余りの辛さに、新しいワンコを迎えるのは止めよう、と思った事もありますよ。

    後悔しないワンコの飼い方なんてないんですよね。100パーセント愛しても満足なんてなくて。

    でも…
    きっと、銀ちゃん帰って来ます!
    我が家は新しいワンコになって帰って来ました。
    でも、そんな風に迎えたワンコも13歳。てんかん症だし、段々痩せてきたし。

    銀ちゃんのブログを拝見して、これからむかえなきゃいけない現実を受け入れる心の準備を少しずつ始めないといけないのかな?と感じました。

    突然のコメントで失礼しました。
    ただ、帰って来る、って経験を伝えたくてコメントさせて頂きました。

    ( 12:40 )

  2. プーちゃんっ☆
    真っ白ほわっほわの
    優しいお顔のスピッツちゃんですね!
    17年のプーちゃんの犬生は
    銀ちゃんと負けず劣らず
    愛情をいっぱい注がれてキラキラな犬生だったんですね(*^^)

    銀ちゃんの
    パピーっ子期の写真っ
    かわいい~っ(〃▽〃)ポッ
    バリカンを入れたところだけシルバーで
    あとは真っ黒け。。
    私はこの姿にハマってしまい
    いまだにシルバープーの魅力から逃れられませんっ( *´艸`)
    ほんの数か月だけ限定だけど
    プードルの中でもこんなに劇的な変化を見せちゃうシルバーっ子って
    やっぱり最高ですよね(^_-)-☆

    ( 17:10 )

  3. |

    管理人のみ閲覧できます

    このコメントは管理人のみ閲覧できます

    ( 17:18 )

  4. アトリエミルン | -

    Re: タイトルなし

    ふうたママさん
    コメントいただきありがとうございました。
    ほんと、おっしゃるとおりです。
    やはり、自分より先に旅立ってしまうので
    100%愛したつもりでも
    つねに残されたものとしての心の葛藤がありますよね。
    でも、自分が先立って犬に寂しい思いをさせるよりは
    いいのかも...と思ったり。

    ふうたママさんのところのワンちゃんが、帰って来てくれたこと。
    すばらしい出会いがかなったんですね。
    とっても励みになります!ありがとうございます。

    13歳のワンちゃん。てんかんの発作も見ているほうもつらいですよね。
    これからも、ずっとずっと元気で長生きしてくれることを
    お祈りしています。

    ( 17:57 )

  5. アトリエミルン | -

    Re: タイトルなし

    ティクレアさん
    コメントありがとうございます。
    プーちゃん、おじいさんになってもかわいい子でした。

    私も顔バリのパピーが大好きです。
    あの写真は、生後50日たっていないくらいの頃のもの。
    (今ならそんなにちっちゃい子、迎えられません~
     無知でした。よくぞ元気に育ってくれたと思います。)
    あっという間に成長することをすっかり忘れていて
    数枚しか 銀ちゃんの顔バリパピー写真を残していません。
    悔やまれます・・・

    そんなわけで、毎日ネットで 顔バリシルバーパピー
    を探しては、ながめています。ほんと、カワイイです。

    ( 17:59 )

  6. サツキの母 | -

    ママさんは幼い時から様々な動物たちと暮らしてこられたんですね。
    生まれつき動物が好きで、情が深い方なんだとよくわかります。
    私も動物好きの父と兄のおかげで、虫、爬虫類、鳥、魚、犬との生活を経験しました。
    やはり、動物の中でも犬ほど人とうまく共存できて、
    他の動物にはみられない忠実さや優しさのある生き物はいないと思います。
    それだけに、人より寿命が短くて、ものを言わない犬の死は
    人の死とはまた違う悲しみや辛さ後悔の念を伴っていると思うのです。
    でもその悲しみや後悔は次に迎える子のために生かされます。
    いつかママさんのぽっかり空いた胸に飛び込んでくる子があらわれますように!

    ( 21:17 )

  7. アトリエミルン | -

    サツキままさんへ

    サツキままさん
    コメントありがとうございます。
    そうですね、今こうして思い返すと
    たくさんの動物たちと関わりあってきたなぁと
    改めて思います。両親に感謝、です。

    銀を失った直後、娘たちが
    ペットショップをのぞいては
    ハムスターでもいいから飼いたい
    (やはり、ねずみ色のハムスターでした)
    と言いましたが、
    寿命の短さを知っていたので、許しませんでした...
    悲しみの真っ只中にありましたし、
    自分の気持ちをコントロールするのに精一杯で、
    子どもたちの気持ちを考える
    余裕がなかったのだと思います。

    この歳になって思うのは、
    銀に対する愛情は
    たくさんの動物たちと出会いと別れを積み重ねて
    培われたものだ ということです。

    もうすぐ四十九日です。
    新たな寂しさと向き合うことになるとは思いますが
    落ち着いた心で迎えられそうです。

    いつかまた、サツキままさんのおっしゃるとおり
    新しい命をあずかって共に生きていけたら
    銀も喜んでくれるのかな、と思えるようになりました。
    ありがとうございます!



    ( 08:42 )

コメントの投稿

(コメントの編集・削除時に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)


トラックバック

Trackback URL
Trackbacks


最新記事

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。